3月 梅
―早春の冴えた冷気に楚々と咲く いにしえ人のほのかな香―
この3月も暖かく、「寒の戻り」と云える日も数えるほどしかありませんでした。まったく寒くないという訳ではありませんが、耐え難いほどの寒さではなく、このまま春になっていくのではないか、あるいは既に春になっているのかな?と疑いたくなるような日が続きました。そんな中、梅の花が咲き始めて満開となり、さらに桜まで蕾が膨らみ出しました。とうとう3月20日には日本で一番早く長崎で桜が開花し、翌21日の春分の日には福岡、東京も続きました。満開の梅に桜の開花、今年は梅と桜を同時に楽しめそうです。
日本の春を代表する2つの花、梅と桜、あなたはどちらが好きですか? 3月2日の朝日新聞土曜特集に、「梅と桜、どちらが好きですか?」という読者アンケート記事が載っていました。回答者1820人のうち76%が桜、24%は梅と答えたそうです。ただしどちらも好きですが、強いてどちらかを挙げろと云われれば桜と回答した人も多かったそうです。
「それぞれの花の印象は?」という問に対し、梅では「可憐」「凛とした」「けなげ」などの形容語が、桜には「華やか」で「はかない」、「希望がある」「元気になる」「ウキウキする半面もの悲しくなる」などの言葉が並びました。
詩吟でよく歌われる新島襄の「寒梅」という漢詩があります。同志社大学で教鞭を取っている友人から教えて貰ったものです。
寒梅
新島襄
庭上一寒梅 ていじょうの いちかんばい
笑侵風雪開 わらって ふうせつをおかして ひらく
不争又不力 あらそわず またつとめず
自占百花魁 おのずからひゃっかの さきがけをしむ
現代語訳 庭先に咲く一本の早咲きの梅
風雪を耐え、笑うように咲いている
争うことなく、力むことなく、
自然のままに、あらゆる花に先駆けて咲いている
やはり梅は寒い冬にも平然と咲く清楚な姿が好まれるようです。
古くより私たち日本人に親しまれて来た梅の花、桜の華やかさに比べて清楚なイメージを抱く人が多いようです。最近では、各地に紅白の梅を多数植えたテーマパークができ人気を呼んでいます。確かに夥しい数の梅の花がいっせいに満開となって咲いている様子は、桜と見間違えるほど色鮮やかで美しく、春がいっぺんに来たようで嬉しくなります。それはそれで素晴らしい景観なのですが、ただ私たちが今まで抱いて来た梅のイメージからは少し離れているような気がします。そこで今回は、里山や小さな公園の片隅でひっそりと咲く梅の木の写真を撮って来ました。
一本の木に赤い花と白い花が同時に咲くことを源平咲きといい、梅や桃の木でしばしば見られます。全体の花の半分ずつ紅白に分かれるもの、一部の枝の花だけ色が変わるもの、あるいは同じ枝にあっても一部の花の色が異なるものなど様々です。これは、以前「おしろい花」の章で勉強した動く遺伝子「トランスポゾン」の仕業によるものです。
寒い冬にあっても、青々とした葉の美しい松と竹、および清楚な花を咲かす梅の三種、すなわち松竹梅を歳寒三友(さいかんのさんゆう)と呼びます。中国は宋時代の文人画の画材として好んで用いられ、そのまま日本にも伝わって水墨画や大和絵、文人画などに描かれて来ました。現代では松竹梅は上中下の等級を表す言葉として用いられていますが、なぜ松が一番上で梅が下なのでしょうか、よく分かりません。それはさておき、梅を描いた名画は数多ありますが、そのなかで最も有名なものの一つに、江戸時代の版画家、歌川広重(1797-1858年)の「亀戸梅屋鋪」が挙げられます。江戸の亀戸八幡宮の裏手の梅園にあった梅の奇木を描いたものです。この梅は「臥龍梅」と呼ばれ、一本の枝が地を這ってどんどん伸び、至るところ根を張って枝を出しているもので、あたかも伏した龍のような姿であることからこの名が付きました。
絵の中央前面に、その奇木の太い枝が堂々と描かれ、細く真っ直ぐ伸びた枝にちらほら白い花が咲いています。背景には、梅園で花見を楽しむ人々の姿が小さく描かれています。この大胆な構図は衆目を集め、なかでもパリの画家たちにとって驚愕でした。ヴィンセント・フォン・ゴッホ(1853-90年)もその一人であり、右は彼が模写した油彩画です。1886年(明治19年)パリへ移住したゴッホは、多数の画家たちと交流を持ちながら絵の修業に努めます。日本の浮世絵には特に興味を抱いたようで、たくさんの版画を買い求め、この絵も含め3点の浮世絵を模写しています。浮世絵の持つ明るい色彩や大胆な構図などに強く影響されたのでしょうか、ついに1888年2月には、日本の明るい色彩を求めてアルルへ旅立ちます。アルルへ到着するや否や「ここは日本みたいに美しい。風景はまるで日本の版画を見るようだ。」と友人ベルナールに宛て手紙を書いています。そして3月には、『アルルの跳ね橋』として有名なラングロワ橋を題材にした絵を数点描きます。一方3月から4月にかけてのアルル地方は、果樹園に杏や桃、りんご、プラム、梨などの花がいっせいに咲き、まさに花の祭典のような美しい世界が拡がります。ゴッホは、それらの花を猛烈な勢いで描き、15点もの作品を制作しました。
上の絵は「すもも」の花を描いたものですが、春はまだ浅いのでしょうか、白い雲の浮かぶ青空と地面には緑の草が拡がり、所々に白い花が咲いています。「すもも」の白い花は満開ですが、余り目立ちません。木の枝や花は印象派のタッチで描かれていますが、よく見ると影がありません。青空なのに木の影が無いのです。これが浮世絵の画法を取り入れたゴッホの実験であり、太陽光の照らし出す光と影と色彩の世界を見えるがままに表現しようとした初期印象派と一線を画するところです。私は以前よりこの頃描かれた果樹園の花の絵が好きでした。早春の凛とした空気の中で、余り目立つことなく咲く「すもも」や杏の花、それは日本の梅の花に似たところがあります。そこが日本人の心の琴線に触れるのでしょうか。それともゴッホが日本に憧れながら描いたからでしょうか。
さて病院の話題です。今回は当院の副院長であり、消化器センター長でもある石田聡先生に消化器センターをご紹介いただきます。
消化器センターは入院棟の8階(8北、8南)を占める最も大きなセンターです。消化管(口腔、食道、胃、小腸、大腸)、肝臓、胆道、膵臓疾患の診断、治療を行い、消化器内科、消化器外科、口腔外科の専門医師が治療にあたります。とても広い領域におよぶ器官が対象なので、関連する疾患は多く、治療の選択も多岐にわたります。センターでは必要に応じ内科医と外科医が連携して一人の患者さんを診ますので、切れ目なく適切な治療が行われる様に努めています。左下の写真は、合同カンファレンスに集まった口腔外科、消化器内科、消化器外科、放射線科、病理診断科などの先生方です。
口腔外科は桑員地区唯一の病院口腔外科として,消化管の入り口である口腔(くち)・顎(あご)・顔面(かお)の疾患や状態に対して,診断・評価を行い,手術をはじめとする治療を行っています.顎炎などの炎症疾患や,顔面骨骨折などの口腔顎顔面外傷などの急性疾患に関しても,積極的に対応しています.また,放射線治療部と連携して,口腔癌治療も開始しており,今後はより積極的に対応していく予定です。
消化器内科では泉道博部長に加え、平成30年春より浦吉俊輔医長が着任し、胃や大腸などの消化管早期がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の件数は2倍に増加しました(図1)。ESDでは、これまで外科手術としていた大きな病変を、低侵襲な内視鏡で治療することが可能となりますが、その分高度な技術が必要となります。新病院では、ESD施行可能な専門医師の増員とマルチベンドスコープなど治療に特化した内視鏡スコープを導入して診療体制を整えて参りました。また早期肝臓癌に対しては、放射線IVR科と協力し病巣部を穿刺して熱を加えて焼却する治療(ラジオ波熱焼灼術)を行なっています。
消化器外科では手術診療を主に行いますが、進行がんなどに対してはガイドラインにのっとり化学療法、放射線治療を手術とともに計画します。食道癌、胃癌、大腸癌、胆嚢結石、虫垂炎、鼠径ヘルニアなどに対して腹腔鏡(鏡視下)手術の割合が増加しています。また乳腺専門外来を開設し、乳がん手術、乳房形成術も積極的に行なっています。図2は新病院開設後の外科手術数の昨年度との比較です。
全国的に医師数が減少傾向にあるなか、三病院の統合により人的物的に環境改善が得られ、吐血、下血といった消化管出血や閉塞性黄疸、急性腹症などの消化器領域の救急に対してもより積極的な対応が可能となりました。桑員地区の消化器領域の医療レベル向上を図るため、皆が力を合わせ取り組んでおります。今後ともよろしくご支援のほどお願い申し上げます。
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(ゴッホの絵画「ジャポネズリー:梅の開花(広重を模して)」と
「花咲くアンズの木々のある果樹園」は、ゴッホ美術館のホームページよりダウンロードしました)
平成31年3月
桑名市総合医療センター
竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)