6月 石楠花(しゃくなげ)
―しゃくなげ色のたそがれ、遠い夏―
今年のゴールデン・ウィークは好天に恵まれ全国の行楽地は大賑わいだったそうです。特に北陸新幹線の開通した金沢や富山では観光客でごった返したそうですが、皆さんは如何過ごされましたか。私達は例年ゴールデン・ウィークには外出せず、家の掃除や庭の手入れをしたり、帰省して来る家族と一緒に過ごすことにしています。でも今年は1日だけ出掛けました。と云っても遠いところではなく、奈良県の室生寺です。お目当てはもちろん石楠花(しゃくなげ)です。今までにも何度か室生寺を訪ねていて、石楠花の季節にも行ったことがありましたが、今回は写真撮影が目的です。ゴールデン・ウィーク真っ最中の好天の日、満開に咲き揃う石楠花の花を想い描きながら、張り切って出掛けました。朝から良く晴れた絶好の行楽日和でしたので、室生寺への往路はさぞかし渋滞しているかなと心配したのですが、意外にスムーズに走れました。
室生寺に着いても駐車場にはほとんど 車が停まっていません。「おかしいな?」と思いましたが、でも境内には参拝客があふれているのだろうと思い、恐る恐る足を踏み入れたのですが、そうでもありません。予想外に人の少ないことに驚きました。
それもそのはず、参道の両端にたくさん植えられている石楠花には、花はちらほらとまばらに咲いているだけです。花芽もほとんどありませんの で、時季的な問題ではないようです。お寺の人の話では、今年は例年になく花が少ないとのことです。昨年は当たり年で地元の人も驚くほど沢山の花が咲いたそうですが、今年はその裏目の年だと言うのです。がっかりしましたが、それでもあちらこちらに、ぽつんぽつんと咲いているうす紫や白い石楠花の花を探すようにして写真を撮りながら石段を登って行きました。
長い石段を登り切って国宝の五重塔のところまで来ますと、鮮やかな赤紫の花を枝いっぱいに咲かせている木が数本あります。「はなずおう(花蘇芳)」で、今まさに満開です。その輝くような赤紫は、木々の深い緑と青い空に際立って映え、五重塔を引き立てています。少し寂しげな室生寺の境内にあって、石楠花の代役を見事に演じています。
「はなずおう」はマメ科の植物で、葉に先立って複雑な構造をした花が咲きます。しかも花には花柄が無く直接枝から出ます。したがってその咲く姿は、ちょうどクリスマスの街路樹のイルミネーションのように、たくさんの赤紫色の飾りが、「もこもこ」と重なるように枝にまとわりついているように見えます。花の構造は、同じマメ科の植物である萩や「えにしだ」と同じ蝶形花(冠)と呼ばれるものです。
一方、石楠花はツツジ科の植物で、一般に日本石楠花と西洋石楠花に分けられます。語源は、中国の植物「石南花(しゃくなんげ)」に由来すると云われていますが、石南花は石楠花とは異なる植物であり誤って名付けられたそうです。 野生の変種も多く、また数えきれない程の園芸品種があり、愛好家が多いのもこの花の特徴です。つつじによく似た花が十数個、枝先に集まって咲きます。
このページの 写真はいずれも我が家の庭に咲く西洋石楠花ですが、上から眺めますと、水平方向に輪状に拡がる花と、中央部で上方に伸びる花とがあります。これらの花がいっせいに満開になりますと、こんもりとした半球状のブーケになります。 花の色は蕾の時には濃い赤や紫色していますが、開くにつれて白っぽくなり、最後には真っ白になります。 |
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石楠花はツツジ科に属しますので、花の構造は「つつじ」に良く似ていて、上の花弁に「蜜標」と呼ばれる斑点模様があります。これは「ここに蜜があるよ!」と虫達に知らせるための目印で、誘われてやって来た虫は、その真下にある「おしべ」や「めしべ」に足を触れ受粉を仲介します。右の写真では、たまたま雲の切れ目から漏れた太陽光線により狙い撃ちされたかのように「蜜標」が照らし出されていますが、これを見た虫達は「しめた!」と得意になって集まって来ることでしょう。
石楠花となると思い浮ぶのが、江間章子作詞、中田喜直作曲の唱歌「夏の思い出」です。
戦後まもない1949年(昭和24年)NHKのラジオ番組「ラジオ歌謡」にて石井好子が歌って大ヒットとなり、曲中に歌われる尾瀬の知名度も人気も飛躍的に高まったと云われています。折からの山登りブームも一役買ったのでしょう。戦後の名曲の一つであり、小学校や中学校の音楽の授業で習った人も多いことと思います。この曲では、水のほとりにひっそり咲く水芭蕉(みずばしょう)の花が主役ですが、私は「しゃくなげ色にたそがれる」の詞を想い出して、石楠花と聞くとこの曲を連想するのです。
夏の思い出
江間 章子 作詞、中田 喜直 作曲
夏がくれば 思い出す |
初めてこの曲を聞いたのは中学生の頃だったと思いますが、「しゃくなげ色のたそがれ」とはどんな色をしているのか分かりませんでした。石楠花の花を知らなかったからです。今この年になって、その色ははっきり分かります。日本石楠花の淡い赤紫色です。室生寺に咲く石楠花の色です。ほんのりとやさしい赤紫です。
私達の人生の中で、夏の思い出が最も深く心に刻まれるのは、10代後半から20代後半ぐらいまでの青春期の頃ではないでしょうか。青春期とは、最も多感な時期であり、情熱や活動力に溢れ、好奇心も旺盛で、将来に向け様々な夢を描きます。多くの人に出会い、憧れ、悩み、挫折も味わいます。青年時代には誰もが、真夏の太陽の下で自分自身のドラマを演じるのです。懸命にもがいているうちに夏も終わり、やがて社会人として成長していきます。
過ぎ去った青春時代は、誰にとっても懐かしく楽しい思い出であります。思い出とは、辛かったことや哀しかったことは忘れ、嬉しかったことだけが残るから楽しいのだと云われます。それはその通りで、私達は、過去からの時間軸上に断片的に残っている楽しかった思い出を振り返ることにより昔を偲びます。しかし青春時代の思い出は少し違うような気がします。楽しかったことはもとより、苦しかったこと、悲しかったこと、悔しかったことも、どれも鮮明に覚えているのですが、それらの思い出は別個に存在するのではなく、溶け合って一つになっているような気がします。あるいは別々に存在していても、その根底に共通するものがあるように感じます。青春時代という一時期に共通するものです。それは、青春時代のどんな時にもどんなことにも真剣に向き合っていた若い自分の姿ではないでしょうか。青春時代の思い出が懐かしく、かけがいのないもののように思えるのは、その中にひたむきに生きていた自分の姿を見出すことができるからではないでしょうか。
4月の最後の土曜日、東京ドームで開催されましたポール・マッカートニーのコンサートへ行って来ました。私達夫婦はともに66歳、長男はちょうど30歳年下で、親子2代にわたるビートルズ・ファンです。ビートルズは私達が中学生の頃デビューし、高校、大学時代は全盛期で、その後10年、20年経っても人気は衰えませんでした。私達はビートルズ・ファンの第一世代ですが、長男達は第二あるいは第三世代と云うことができるのでしょう。長い年月にわたり世代を超えて人々に支持される、ここにビートルズの音楽の豊かさや普遍性が示されています。私自身、ビートルズに憧れ、レコードを買い集め、映画もすべて見ました。青春はまさにビートルズと一緒にありました。その中心人物であったポール・マッカートニーに会えるのです。期待反面、怖さもありました。あの憧れのポールが、もしすっかり老け込んでいて見るに忍びない姿だったらどうしよう、がっかりするだろうな、と思ったからです。おぼろげに不安な気持ちを抱きながら会場へ入りましたが、ドームは超満員で半分は私達の世代、半分は若い人達でしょうか。公演は、夜7時前に始まりました。ポールが舞台に登場すると、観客はいっせいに立ち上がり、音楽に合わせて両手を振り上げ体を揺らします。私達の席は外野席の上の方でしたので、実際のポールは遠くてよく見えませんでしたが、大スクリーンに映し出される彼の姿は昔のままでした。顔は明るく生き生きとしていて体型もスマートで、とても72歳とは思えません。しかも驚いたのは彼のエネルギッシュな演奏です。2時間半全く休まずに、ギターを演奏しピアノを弾きながら歌い続けます。水も全く飲みません。さらにアンコールも30分間こなしました。超一流のエンターテイナーたる所以でしょうか。それにしても彼の若さには驚きました。私達の青春のシンボルであったビートルズが解散してずいぶん時間が経ち、 ジョン・レノンもジョージ・ハリスンも既に故人となってしまいました。ただでさえ私達の青春は遠くなったと感じるのに、残されたメンバーであるポールが年老いて衰えを隠し切れなければ、「私達の時代はいよいよ終わりか・・・」と寂しく感じたことと思います。しかし彼は今なお若々しく健在だったのです。これは嬉しかったし、不思議な安堵感のようなものを覚えました。まだまだ私達もやれるのだ、もう少し私達の時代を続けることができそうだと元気づけられました。翌朝、帰路の新幹線の中で、元気なポール・マッカートニーの姿を思い返しては、何時になく気分の高揚している自分に気付き驚きました。
さて病院の話題です。今回は西医療センターで外来化学療法の業務に日夜励んでいる薬剤部の皆さんを紹介致します。最近の抗がん剤治療は、新しい薬剤が次々と開発されて、より効果が高く副作用の少ない薬剤を用いて行われるようになりました。従来、抗がん剤治療は入院して行うことが一般的でしたが、最近では外来で受けることができます。患者さんは通常の社会生活を続け、ご家族と一緒にあたたかい家庭生活を送りながら、最新のがん治療を安心して受けていただくことができるようになったのです。桑名西医療センターでは、平成18年に外来化学療法室を開設し、多数の患者さんに外来での抗がん剤治療を提供しています。薬剤師はその業務が円滑に行われるように次のような役割を担っています。
1)抗がん剤の調整:抗がん剤を他の抗がん剤や薬剤と混合する作業(ミキシング)など、薬剤の調合や調整を行っています。調整作業には無菌性と安全性の確保が大切で、ガウンやマスクを着用し安全キャビネットという装置を用いて行われます。
2)治療スケジュールの管理:当院における抗がん剤治療は、日本で治療効果が確認されるい
る標準的な治療法を含め、すべて登録制になっています。患者さんは、登録されている治療法の中から病状に合ったものを選んで治療を受けることができます。また抗がん剤の投与前には、専任の薬剤師が処方内容を入念にチェックして間違いがないか確認しています。さらに医師や看護師に、がん治療薬に関する最新情報を提供して、常に質の高い治療が維持できるように努めています。
3)外来化学療法室での服薬指導:抗がん剤治療開始前に、患者さんに治療法の説明を行います。また治療中の患者さんに対しても、専任の看護師と協力して副作用の出現状況などを調べ、自宅での効果的なお薬の飲み方だけでなく、食事や生活上の注意点なども含めた副作用に対する対処方法をアドバイスしています。
4)がんに付随して出現する症状の緩和:がんと診断された時点で痛みや不眠など様々な症状の現れる患者さんも少なくありません。2名の緩和薬物療法認定薬剤師が、症状を緩和するための薬剤を医師に提案したり、患者さんへの服薬指導を行っています。
新病院では外来化学療法室はさらに充実致します。薬剤部の皆さんのますますの活躍を心より期待致しております。
(平成27年6月)
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)