名誉理事長の部屋令和6年9月1日付で、竹田寬先生に名誉理事長の称号が授与されました。

名誉理事長の部屋

10月 コスモス

―澄んだ秋の陽射しの中、微笑む顔と惜しむ顔―

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 今年の10月は台風が2度も襲来し、しかも週末ばかり東海地方を直撃しました。幸いこの地方では大きな被害はありませんでしたが、被害を受けられた地方の方々には謹んでお見舞い申し上げます。台風の去った後、急に秋めいて来て、朝晩は寒い程になりました。今月はコスモスを書こうと前から決めていましたので、コスモスの花を探しましたが、なかなか見つかりません。以前は郊外に行けば大きなコスモス畑をよく見かけましたが、朝、津から桑名までの通勤電車の車窓から探してみてもほとんど見つかりません。最近では田圃にコスモスを植えなくなったのでしょうか。それでも自転車であちこち走っていましたら、とうとう見つけました。近所の農家の人達が育てられているのでしょうか、田圃と道路の間の小さな三角形の空き地に、たくさんのコスモスが咲いています。上の写真は10月中旬頃撮影したものですが、桃、赤紫、白色のコスモスが入り混じってたくさん咲いています。右端をくねるように縁取る黄花コスモスの帯が良いアクセントになっています。

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 10月も下旬になりますと、上段の写真のようにまさに満開です。背は高くありませんが、2度の台風にも負けず見事に花開いています。どの花も秋の澄んだ明るい陽射しを真正面に浴びて、幸せそうに微笑んでいます。爽やかな風に吹かれて気持ち良さそうです。

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雲一つない秋空に向かって拡がる桃色の花びらは、
爽やかなコントラストを呈しています。

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 黄花コスモスが並んで咲く様子は、太鼓撥(ばち)を大きく振り上げて行進する愉快な音楽隊のようです。

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 コスモスの花を後側から眺めますと、白や桃、赤紫色の花弁は、秋の陽射しを明るく透かし、爽やかな風をいっぱい受けて膨らんだ帆のように見えます。

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 台風の去った日の朝、近所を散歩していますと、農家の脇にある小さな田圃の片隅に、桃色と白の花が混ざり合ってこんもり咲いているコスモスを見つけました。一目みてキャンバスに描かれた油絵のようだと思いました。まず構図が抜群で、中央のコスモスの塊にはどっしりとした存在感があります。微かに濃淡をつけた緑の絵の具で、ぼかすように描かれた背景に、鮮やかな桃色と白の花が、絶妙のバランスで配置されています。
 背景の上部は左半分が黒、右半分は茶色に塗り分けられています。ヨーロッパの装飾的な絵画を見ているようです。ところで、葉や茎の緑の部分が何故ぼけているのでしょうか。

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 近づいてよく見ますと、夜来の雨で夥しい数の露が茎や枝に付着しています。そのため茎や葉の輪郭がぼんやりぼけて見えるのです。雲の切れ間から朝陽がのぞきますと、樹枝状に並んだたくさんの露がキラキラ光ります。それは驚きでした。桃と白の花が咲き乱れ、緑の葉や枝が縦横無尽に交差し、無数の水玉がキラキラと光る、この光景を何と表現すべきでしょうか。少し考えていて、ふと思い浮かんだのが高校の国語の教科書に載っていた西脇順三郎の詩です。

天気 
         西脇順三郎
くつがえ
(覆された宝石) のやうな朝
何人か戸口にて誰かとさゝやく
それは神の生誕の日。

(西脇順三郎詩集「Ambarvalia」所収)

 西脇順三郎(1894-1982年)は、大正から昭和にかけて活躍した詩人であり英文学者です。新潟県小千谷市の出身で、英語をはじめとして語学に堪能な人で、若い頃に英国へ留学して20世紀の前衛的な詩法を習得しました。1926(大正15)年慶応大学文学部教授に就任し、シュルレアリズム運動の旗手として活躍し、英語やフランス語での詩集も出しています。戦後は海外からも高く評価され、ノーベル文学賞の候補として何度もノミネートされたそうです。西脇順三郎の詩は難解で私は苦手ですが、高校時代に習ったこの詩の第一行には鮮烈な印象を受け、何となく覚えていました。

 (覆された宝石)とかっこ書きにしてあるのは、英国の詩人キーツの物語詩の中にある「an upturn’d gem」という言葉を引用したからだそうです。宝石を転がした時のようにキラキラと輝く朝という意味でしょうか。私は、一個の宝石ではなく、宝石箱をひっくり返した後の多数の宝石をイメージしていました。無数の水滴が白や桃や緑の間でキラキラ輝くのを見て、多数の宝石が光輝く様子を想像したのです。

 秋も深まるにつれ、コスモスも見え方が変わってきます。午後の傾きかけた陽射しの下で、ところどころに枯れた花も混じって青い空を見上げるコスモスの後姿は、だんだんと弱まって行く秋の太陽を名残り惜しみ、何となく寂しげです。

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 午後も遅くなり陽がさらに傾きますと、様相は一変します。逆光で撮影したものですが、まだまだ陽は高いのに薄暮のように見えます。一方から光の差し込む中で、蕾の丸い玉やエノコログサの毛虫のような穂(俗称:猫じゃらし)がキラキラ光ります。その間にコスモスとは思えない淡い赤紫や白い花が妖しく輝きます。一種妖艶な光景で、世紀末のヨーロッパ絵画を見ているようです。

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 こうして秋は更けて行きます。

旅愁 
         作曲 ジョン・P/オードウエイ 訳詩 犬童球渓
更け行く秋の夜(よ) 旅の空の
わびしき思いに 一人悩む
恋しや故郷(ふるさと) 懐かし父母(ちちはは)
夢路にたどるは 故郷(さと)の家路
更け行く秋の夜 旅の空の
わびしき思いに 一人悩む

(二番省略)

 「更け行く秋」となると思い出すのがこの唱歌です。私はスコットランド民謡かと思っていましたが、アメリカ人の作曲家ジョン・P・オードウエイにより作られたものでした。

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 明治40年犬童球渓(いんどうきゅうけい)が訳詩して唱歌として歌われるようになりました。アメリカでは忘れ去られたそうですが、本邦では日本の歌百選にも選ばれているほど広く親しまれています。ジョン・P・オードウエイ(1824-1880 年)は、医師であり音楽家でもあった人で、「スワニー川」「草競馬」「夢見る佳人」など数多くの名曲を残したスティーブン・フォスター(1826-1864 年)や「大きな古時計」の作曲で有名なヘンリー・クレイ・ワーク(1832-1884 年)らと同時代に活躍しました。この頃アメリカでは奴隷制度の存続を巡って南北戦争が勃発する前であり、ワーク自身も奴隷制度廃止運動に助力したと云われています。彼の作曲した「大きな古時計」は、名張市育ちの平井堅さんが10数年前歌ってヒットしましたから、若い人の中にも馴染みのある方がみえると思います。ワークは他にも数々の名曲を遺していて、なかでも有名なのがジョージア行進曲です。これは南北戦争の際、北軍シャーマン将軍が進軍する様子を歌ったものですが、日本では大正8 年、演歌師の添田知道により世相を風刺するコミカルな詞がつけられて「パイノパイノパイ(東京節)」として歌われ人気を博しました。戦後になっても、なぎら健壱やドリフターズらが歌い、今なお親しまれています。添田知道は、「ハハ、ノンキだね」と歌って大正から昭和にかけての世相を風刺した「ノンキ節」の添田唖蝉坊(1872―1944)の長男です。親子二代にわたって庶民の弱者の立場から風刺演歌を歌ったのですね。それにしても「大きな古時計」の作曲者が「パイノパイノパイ」の曲も作っていたとは、驚かれる方も多いのではないでしょうか。

 さて病院の話題です。今回は東医療センターにおける心臓リハビリテーション(心リハ)の取り組みについてご紹介致します。最近、脳出血や腹部の手術をした後の患者さんなどでは、早期の回復を図るために、なるべく早くリハビリを開始するようになっています。

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 心臓病でも同じことで、心筋梗塞でカテーテルや手術による治療を受けた患者さんに対し、早期に適切なリハビリを開始すれば、病状の回復が早まり、症状の軽減化が促進されます。心リハでは、トレッドミルや自転車エルゴメーターなどによる運動指導のほか、栄養指導などによる生活習慣の改善や精神的なケアなども行われます。その実施プログラムは、医師、理学療法士、看護師、薬剤師などで構成される心リハチームが、患者さん一人一人の病態に応じてきめ細やかに作られます。そのため最近では、慢性の心臓病や心不全で苦しむ患者さんに対しても実施されるようになり、心筋梗塞の再発予防、心不全の悪化の防止、生活習慣病の予防、筋力強化や呼吸機能の向上などに役立っています。

 本センターでは、リハビリテーション室の丸山高志理学療法士らが中心となってチームを作り、2年前より開始しました。県内では4施設で心リハが行われていますが、北勢地区で本格的に行っているのは当センターのみであります。昨年度は150名以上の患者さんが心リハを受けられ、今年度はさらに増えるものと期待されています。もし、日頃少し動くだけで息切れがする、心臓が苦しいなどの症状がありましたら、一度循環器内科を受診して下さい。医師が必要と判断すれば、心リハを受けることができます。丸山心リハチームは、今後さらにリハビリの内容を改善し、地域連携パスを介して桑員地区の先生方と緊密に連携を保ちながら、この地域の心臓病患者さんの病状や生活の改善に貢献したいと張り切っています。どうぞよろしくお願い致します。

 もう一つお知らせがあります。以前に本稿で紹介致しました膠原病・リウマチ内科の松本美富士先生が、12月3日(水)20時からNHK総合テレビで放映される「ためしてガッテン」に出演致します。テーマは「全身の痛み」です。是非ご覧下さい。

(平成26年10月)

桑名市総合医療センター理事長  竹田 寛(文、写真)
竹田恭子(イラスト)

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