名誉理事長の部屋令和6年9月1日付で、竹田寬先生に名誉理事長の称号が授与されました。

名誉理事長の部屋

3月 プリムラ

-春を告げる一番花、シノヒマラヤからの贈り物-

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       プリムラ・ポリアンサ(またはジュリアン)(タイプA) 我が家の庭で2度夏を越しました。

 今年は雪の多い冬です。1月中旬の大雪の後にも、うっすら雪が積もったり、ちらつく日が度々ありました。毎朝電車の窓から眺める鈴鹿連峰の雪化粧も、すっかり目になじんで来ました。うっすら雪をいただく山々を眺めていて、初めて気付いたことがあります。雪は山頂から谷に沿って幾条もの白い線を描き、裾広がりとなって山麓に達します。雪の無い時にはぼんやりと平板にしか見えなかった山腹が、谷あり、峰あり、稜線ありで、実に起伏に富んだ複雑な面をしているのです。うっすら雪を被ることにより山の表面の起伏が明らかになって、改めて山の美しさに驚かされました。
 1月から2月にかけては一年中で最も花が少なく寂しい季節です。我が家の庭も公園の花壇も水仙が咲いているぐらいで、彩りが乏しく殺風景です。そんな折、以前から時々目にして気になっていた花がありました。小さいながら寒い冬の庭にあっても元気よく、赤、白、黄、紫、桃色など鮮やかな美しい花を咲かせます。三年前、友人からその鉢植えを6鉢ほどいただき、花の名前がプリムラであることを知りました。プリムラは種類が多く色も柄も鮮やかなため、近年のガーデニング・ブームに乗って開発された新しい品種かと思っていましたら、ずいぶん昔から人々に親しまれて来た花なのですね。ヨーロッパでは、シェイクスピアやゲーテの作品にも登場するそうです。
 プリムラはサクラソウ科サクラソウ属の草本で、世界で430種以上あると云われ、アジアやヨーロッパを中心とした北半球に分布しています。アジアには80%存在し、なかでもシノヒマラヤ地域(東ヒマラヤからチベット南東部、ミャンマー北部、ブータン、中国四川省、雲南省におよぶ北緯2530度に位置する地域)の中核部には50%以上のプリムラが集まり、プリムラの原産地と云われます。プリムラが寒さに強く暑さに弱いのは、元来高山植物であったことに由来するのでしょうか。日本には、サクラソウ(日本桜草)が固有の種として存在します。
 プリムラにはたくさんの種類がありますが、大きくヨーロッパ原産(プリムラ(P)・ポリアンサやP・ジュリアンなど)と、アジア原産(P・マラコイデス、P・オプコニカなど)に分けられます。それぞれ覚えにくい横文字の名前がついている上に多数の変種があり、さらに複雑な交配により新しい園芸種が作られて来ましたので、夥しい数の品種があります。同じサクラソウ属の仲間なのに、何故こんなに姿が違うのだろうと思うものもあります。
 

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     プリムラ・ポリアンサ(またはジュリアン)

 花の色や形、模様は実に多種多彩で、若い女性に好まれそうなおしゃれで愛くるしいものから、高原の雰囲気を感じさせる涼し気な装いをしたものまであり、さらに咲き方も一重、八重、バラ咲きなど多種あって、それらの特徴をひとまとめにしようとしても、きわめて困難です。
 ただ一つだけ云えることがあります。それは花弁がどのような色や模様をしていても、花の中央部は共通して黄色であることです。 そう云えば本稿に掲載したプリムラのどの花の写真を見ても、中心部は黄色をしています。

 

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 花の構造にも特徴があります。以前に桜草の項でも触れましたように、桜草やプリムラの花には、自家受粉を防ぐために「めしべ」の花柱が短いもの(短柱頭花)と長いもの(長柱頭花)の二種がみられます。本稿に載っているプリムラの花は、花の中央部の窪みに長い「めしべ」の先端(柱頭)が顔を覗かせている長柱頭花ばかりです。

 

 

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 プリムラの種を分類する方法として大切なのは、花のつき方(花序)です。
 プリムラの花のつき方は、基本的には右図の三種からなりますが、ここでは便宜上タイプABCと分類することにします。

 

 


1)タイプA:花径は短く、先端に一個の花を咲かせるもの。
 アコーリス・タイプと呼ばれ、ヨーロッパ原産のP・ポリアンサやP・ジュリアンが該当します。短い花径が葉の間からたくさん出ますので、多数の花が直接葉の上で咲いているように見えます。

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プリムラ・ポリアンサ(またはジュリアン)この花も2度夏を越えました。

P・ポリアンサは、ヨーロッパ原産の数種のプリムラを交配して作られた品種です。一方P・ジュリアンは、P・ポリアンサにコーカサス地方のP・ジュリエを交配したもので、日本で作られました。これらの花の姿形からは、とても桜草の仲間だとは思えません。元来P・ポリアンサの原種は、タイプBの花の付き方をしていたそうです。しかし様々な種との交配が進み、P・ジュリアンなどの開発が進むうちに、P・ポリアンサの中でもP・ジュリアンと同じ咲き方(タイプA)をするものが多くなりました。そうなりますと、P・ポリアンサとジュリアンの区別が難しくなります。そこで今ではタイプAに属するプリムラのうち、花の大きいものはポリアンサ、小さいものはジュリアンとし区別するそうです。

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白いプリムラ・ポリアンサ
(またはジュリアン)
横から眺めますと花径の

短いことが分かります。
この花も越夏組です。

 

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                 プリムラ・ポリアンサ(タイプA) 花径は比較的長いですね。

2)タイプB:花径は長く、先端で枝分かれして多数の花を咲かせるもの。
 前述しましたように、P・ポリアンサの原種はこのタイプの花のつき方をしていたために、ポリアンサ(茎立ち)タイプと呼ばれています。しかし現在ではP・ポリアンサはタイプAのものが多くなり、混乱を生じる結果となりました。そこで本稿では、敢えてタイプA、B、Cと分類したのです。中国原産のP・オプコニカ(トキワザクラとも呼ばれます)、P・シネンシンスなどが含まれます。

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                            プリムラ・オプコニカ(タイプB)

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         プリムラ・オプコニカ(タイプB)

 
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           分岐部の拡大

 

3)タイプC:花径を伸ばしながら、段々に花を咲かせていくもの。
 段咲きタイプと呼ばれます。中国産のP・マラコイデス(日本では株全体に白い粉がつきますので化粧桜とも呼ばれます)などが含まれますが、これならば日本の桜草の仲間と云われても納得できます。

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       プリムラ・マラコイデス(タイプC)

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              日本の桜草

 
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プリムラ・マラコイデス(タイプC)の散形花序 花は傘を半開きにしたような形で開き、 上から眺めますと360度方向へ拡がります。

 プリムラは多年草ですが暑さに弱く、特に西日本では夏を越すことは難しくて一年草と考えた方が良いと成書にありました。そこで私は敢えてチャレンジしてみました。友人から貰ったプリムラの鉢を、さざんかの垣根の根元の日影の部分に一夏放置しました。風通しの良い場所ですが、雨風に晒したままです。多分駄目だろうと思っていましたら、驚くことに翌冬になると、6鉢中4鉢で芽が伸び美しい花を咲かせました。今年で2年夏越しをしたことになります。プリムラの鉢をお持ちの方は是非お試しください。意外と簡単に夏を越して、再び美しい花を咲かせてくれます。

 

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            メバル(春告魚)

 プリムラとは「春一番の花」という意味で、春の訪れを告げる花として古くからヨーロッパや アジアなどで人々に愛されています。日本で春の到来を告げるものは何でしょうか。花は梅、鳥はうぐいす、定番ですね。ふきのとう(蕗の薹)も良いですね。あの独特の苦みには、芽生えたばかりの山草の青々しさ、成熟していない野草の素朴さを感じます。早春の魚はメバル(春告魚)、煮付けにしたらたまらなく美味しい肴です。春を告げる風と云えば春一番、今年東海地方では、220日(月)に吹きました。「春一番」の定義は、立春から春分までに吹く南寄りの強い風(最大風速8m/秒以上)で、日本海に低気圧があることだそうです。江戸時代末期の1859317日、長崎県壱岐市の沖合で強い南風を受けて漁船が転覆し53人の漁師が亡くなりました。そこで地元の漁師さん達はこの頃の強い南風を「春一番」あるいは「春一」と呼んで警戒するようになったとのことです。
 いよいよ春はすぐそこまで来ています。

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            ふきのとう(蕗の薹)

    どこかで春が
        百田宗治作詞、草川信作曲

どこかで「春」が 生まれてる
どこかで水が 流れ出す

どこかで雲雀(ひばり)が 啼(な)いている
どこかで芽(め)の出る 音がする

山の三月(さんがつ) 東風(こち)吹いて
どこかで「春」が うまれてる

()最近では、三番の「東風」は「そよ風」になって歌われます。

やがて快い春風が吹き、春爛漫を迎えます。

まつたく 春風の まんなか
             山頭火

 

 さて医学の話題です。今回は認知症患者さんを綴った詩集「より添って」(2013年刊)「どこでも小径」(2016年刊)(ともに大阪の編集工房ノアから出版)を紹介します。

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著者は橋本篤氏(本名篤孝氏)で、私の大学の先輩であり、山岳部の先輩でもあります。先生は私と違って本格的に登山に打ち込まれ、日本各地の山はもとよりヒマラヤのマカル―遠征隊にまで加わりました。卒業後は精神科へ進まれて、認知症を中心とした精神科領域の診療、研究、教育に心血を注いで来られ、現在は大阪の病院で認知症専門医として診療を続けておられます。

 この2冊の詩集は、認知症患者さんを描いた散文詩をまとめたものです。一つの詩に一人の患者さんが登場します。いろいろな疾患により認知症に陥った患者さんの、妄想や幻想をはじめとする様々な症状を、著者は冷静かつ温かい眼差しで観察し、飾りのない美しい言葉で簡潔に表現します。そこには、その患者さんが、かって社会人として家庭人として輝いていた頃の姿が凝集され、結晶のように抽出されて描かれています。それを読んだ私達は、その患者さんに愛着を感じ、その人の歩んで来た人生に思いを馳せます。
 著者は、詩人の以倉紘平氏に詩作を学んだとのことですが、著者自らの言葉です。   「以倉氏の詩作指導の基本はいつも揺るがず『詩的文飾にこだわらず自分が体験した感動を素直に普通の言葉で書き留めよ』というものです」。
 珠玉の詩集です。認知症という病を介して、人間の素晴らしさ、生きることの美しさ、はかなさを感じます。是非ご一読ください。私がとやかく書くよりも、「どこでも小径」の表紙に帯に、素晴らしい書評が載っていました。それを紹介して稿を終わります。

 壊れていく脳の中にも思い出は大切にしまわれて残っている。それを見つめる医師の心から多くの詩が生まれていった。残された思い出たちは詩の光に照らされて宝石のように輝き始める。  

 東京女子医科大学名誉教授(脳科学)
メディカルクリニック柿の木坂院長  岩田 誠 氏

 この詩集には不可思議な人間の物語が満載されている。愛すべきおかしみと哀しみ。 
認知症専門医でヒューマニストである作者は、この人間の不可思議に寄り添って、どこか高貴なものを見出そうとしている。(中略)日本の詩は、これまで、このような高貴な人間の物語を持ったことはなかった。          詩人 以倉紘平 氏

 

平成29年3月
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛   (文、写真)
竹田 恭子 (イラスト )

 

 

 

 

 

 

 

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