11月:すすきの穂
11月:すすきの穂
―風と光と影と雲・・・刻々変化するたまゆらの美―
さて3月、里山では満開の梅の花も散ろうかという頃となりましたが、関東では雪が降るなど、まだまだ寒い日が続いています。三重県内の新型コロナの感染者数も、1月末から2月初めにピークを迎えた後、急速に減少しています。しかも、たとえ罹ったとしても症状の軽い方が多く、私たちの病院でもあまり神経質にならず対応しています。一方のインフルエンザも少し流行りましたが大流行とはならず、緩やかなピークの後、減少傾向にあるようです。ようやく例年の3月に戻り、歓送迎会なども従来のように行われています。それもあるからでしょうか、どこの医療機関でも職員の新型コロナ感染が増加しています。コロナに罹患しますと5日間の自宅待機となりますが、ほとんどの人は症状が軽く、ゆっくり休んでおられるようです。能登でも少しずつ復興が始まりました。寒さは続きますが、ようやく普通の生活に戻りつつあります。このまま桜の季節を迎えることができますよう願うばかりです。
さて季節は11月に遡ります。日本の秋を美しく飾るのは「すすき」の白い穂です。私たちは、その変わりゆく様を眺めては、秋の訪れに気付き、深まりを感じ、爽やかさに心奪われ、去りゆく季節を惜しみます。津市の西郊外には安濃川という小さな川が流れていますが、その支流に沿って「すすき」の群が1km以上も連なる堤があり、それに並走する道を私はいつも自転車で走っています。季節の進むにつれ変わりゆく「すすきの穂」を眺めながら、秋風を受けて自転車で走るのは、実に気持ちの良いものです。「すすき」の情景に影響を与えるのは、風、陽の光、影、そして雲です。これらが互いに協力し合い、時にはぶつかり合って、絶妙の「すすき」の風情が生み出されます。
風や光と影、雲などに修飾され刻々変化する「すすき」の白い穂、その美しい姿を題材にした詩歌はないかと探していましたら、北原白秋の「風」という詩に出会いました。詩集「水墨集」(動き来るもの)に収められているものです。
風と鳥
風と光
光と影と雲
黒い鳥
この画像を見ていて、ふと、ある映画を想い出しました。名匠ヒッチコック監督の「鳥」です。ある日突然、理由もなく白いカモメと黒いカラスが一緒になって大群となり人に襲いかかります。理由が分からないから恐ろしく、その上、真ん丸な可愛い目をした鳥たちが、やさしい顔をしたまま人間の顔や手を嘴で突っつくものですから、さらに恐くなります。 上の写真は、これから襲おうとする人家を囲んで鳥たちが横に並び、じっと機会を窺っている、映画の中の不気味な光景を想い起こさせます。この映画は、発表当時非常に話題となりましたし、テレビでも何度も放映されましたので、観られた方も多いと思います。
サスペンス映画の巨匠と言われたヒッチコック、数々の名作を世に送り出し、私たちが子供の頃、テレビでは「ヒッチコック劇場」という番組があって、お茶の間でも人気者でした。しかしながら私自身、ヒッチコックの生涯についてほとんど知らず、彼がイギリス人であることさえ今回初めて知ったぐらいです。そこで調べようと思ったのですが、同じ頃イギリスで活躍したもう一人の映画人、自ら監督・主演したチャップリンのことも気になりました。そこでサスペンスのヒッチコックと喜劇王のチャップリン、対照的な二人の生涯や作品を比較しながらまとめてみたいと思います。 |
<生い立ちから映画界での経歴> |
<作風と評価>
・ヒッチコックは、様々な特殊撮影や映像表現を駆使して観客の不安や恐怖心を煽りながら、ユーモアも織り交ぜる、いわゆる「ヒッチコック調」と呼ばれる独自の映画スタイルを確立しました。しかしながら批評家からは単なる娯楽映画と見なされ評価は低かったのですが、若手批評家らにより再評価され、今では映画史上最も影響力のある映画監督の一人と言われます。また映画の監督や原作者が「ちょい役」で登場することをカメオ出演と言いますが、ヒッチコックはほとんどの作品で出演しています。映画「鳥」でも、冒頭に2頭の犬を連れた通行人の役を演じていました。日本では松本清張がしばしばカメオ出演していました。
・チャップリンは、山高帽、モーニング姿、杖の独特の姿で一世を風靡し、喜劇王の名を欲しいままにしました。その根底にあるのは貧者への同情ですが、米国政府から共産主義的思想と非難され1952年に米国再入国禁止となります。しかし1972年第44回アカデミー賞で映画製作における長年の功績により名誉賞を受賞し米国再入国を果たします。 |
<大英勲章>
二人とも受賞は遅く晩年近くになってからです。ヒッチコックは長い間映画の評価が低かったこと、アメリカ市民権を獲得したことなどが影響したのかも知れません。チャップリンはイギリスがアメリカに気を使ったためと言われています。しかしそれぞれ紆余曲折を経ながらも最後には受賞となりました。
さて久しぶりに病院の話題です。私たちの病院の外来棟4階に「だれでもピアノ」と呼ばれる素晴らしいピアノが設置されました。このピアノは、2015年、東京芸術大学客員教授で横浜みなとみらいホール館長の新井鷗子先生とヤマハが共同開発し、2020年に特許を取得したグランドピアノです。新井先生は、手足の不自由な高校生がショパンのピアノ曲「ノクターン」を人差し指で必死に弾いているのを見て感動され、グランドピアノに改良を加えられました。指1本でメロディを弾けば、そのタイミングや速度に合わせてAIにより自動的に伴奏が流れ、ペダルが追従するようになっています。演奏者は手足に障害があっても、無い人と同じように演奏を楽しむことができます。今では心身障害者だけでなく認知症の高齢者のリハビリやピアノ初心者のレッスンにも使われているそうです。
そのお披露目会が2月29日(木)に行われました。
新井先生によるピアノの解説の後、実際に患者さんや病院職員などを対象にピアノの指導を行っていただきました。このピアノの購入のために多大なご尽力をいただきましたキング観光社長の権田清様(権田様には患者さんや職員の福利厚生のためにと、毎年高額のご寄付をいただいております)や伊藤桑名市長にもご挨拶をいただき、村山響さんのピアノ伴奏による佐波真奈己さんのソプラノ独唱、当院循環器内科今井裕一医師のバイオリン、堀琴雅さんのフルート、橋本佳保里さんのピアノによる三重奏などが演奏され、会場は終始和やかな雰囲気に包まれました。 |
新井先生からピアノの指導を受けられた患者さんは、「まさか自分でピアノが弾けるなんて!」と非常に驚き、喜ばれていました。伊藤市長もレッスンを受けられましたが「弾き手のペースに合わせて伴奏の流れるのが素晴らしい」と感心されていました。
今後当院では、心身障害の子供や成人の皆さん、認知症患者さんらのリハビリ治療などに積極的に取り入れて行く方針です。さらに新井先生は、「地域住民の皆様にもご利用いただき、地域コミュニティの活性化を図りたい」と張り切っておられます。
このピアノが病院に導入されるのは全国でも初めてとのことで、私たちも一生懸命頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
令和6年3月10日
桑名市総合医療センター理事長
竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)