8月 むくげ(木槿)
―槿花(きんか)一日、夏の日の美しくも「はかない」もの―
今日は7月18日、海の日です。昨日までの曇り空が嘘のように、朝から空は真っ青、梅雨明けかと思いたくなるほど澄んでいて、夏の雲が高く浮かびます。私は買物がてら自転車で出掛けました。照りつける太陽はすっかり夏の陽射しですが、まだ初々しさが残ります。爽やかな風が頬を快く打ちます。しっとり湿気を含んだ夏の海風です。街路樹のプラタナスの葉は風に吹かれ、葉裏をちらつかせながらはためきます。アスファルトの道路面では、木の葉の黒い影と明るい木洩れ日とが忙しく交錯し、踊るようにキラキラ輝きます。蝉しぐれも賑やかになりました。
鳴いているのはアブラゼミでしょうか、クマゼミでしょうか。これから夏を迎えようとしている時、蝉の声にも活気があります。8月お盆の頃に鳴き始めるツクツクボウシやヒグラシのような哀しげな声ではありません。いよいよ夏が来た、そんな実感を強くする海の日の朝でした。案の定、お昼のニュースでは九州から東海地方にかけて梅雨明けが発表されました。東海地方では平年並みの梅雨明けということです。
そこで今月は夏の花「むくげ」(木槿)です。6月下旬から9月にかけて夏の間中ずっと咲いています。「むくげ」は、早朝に開花して夕方には萎んでしまう一日花です。翌朝また別の花が開いては萎んでいく、毎日それを繰り返します。咲いている花の周囲には、たくさんの蕾がありますが、一度に開くことはなく時間をずらして少しずつ開花していきます。加減しながら控え目に咲いているようで、気が付けば傍らでひっそりと咲いているといった感じがします。一日花の持つ「はかな(儚)さ」もあり、俳人たちは次のように詠っています。
それがしも 其の日暮らしぞ 花木槿
古林一茶
白木槿 まいにち咲いて まいにち淋し
山口青邨
「むくげ」の特徴は、空に向かって真っ直ぐに伸びた枝の先にぽつんぽつんと花の咲くことです。直線的に伸びた多数の枝はお互いに交差することは少なく、枝の隙間から向こうの空が透けて見えます。このような姿は、他の樹木では余り見ないような気がします。
「むくげ」はアオイ科フヨウ属の落葉樹で、インドか中国が原産と云われ、中国名の木槿(ムーチン)が日本に伝わって「むくげ」と呼ばれるようになりました。韓国では「むくげ」の花が長期間咲くことから無窮花(ムグンファ)と呼ばれ、韓国の国花となっています。
フヨウ属の仲間には、ハイビスカスや芙蓉(ふよう)、モミジアオイなどがありますが、これらの花に共通する特徴は、5枚の花弁の中央にパラボラアンテナのような高い突起を持つことです。その突起の先端には、枝分かれした「めしべ」の柱頭があり、軸の周囲には「おしべ」の葯がたくさん付着しています。この突起、一体どのような構造をしているのでしょうか。
写真左上の赤紫の「むくげ」の花を対象にして、中央の突起部分を拡大して詳しく観察しました。「めしべ」には先端に柱頭がありそれを支える軸を花柱といいます。一方「おしべ」は先端に葯(花粉)があり、それを支えるのが花糸です。「むくげ」の突起の頂点には5本に分かれた柱頭がみられます。「めしべ」の花柱に相当するところから多数の「おしべ」の花糸が分岐し、その先端に葯が付着しています。一見「めしべ」の花柱から「おしべ」が出ているように見えますが、果たしてどのような構造になっているのでしょうか。軸の中央で分割して断面を調べました。多数の「おしべ」の花糸は根元で融合して長い筒を形成しています。このような構造を単体おしべ(または雄ずい)と呼び、アオイ属の植物に共通してみられる特徴です。その筒のなかを「めしべ」の花柱が通り、下端部で子房に続きます。下図右の写真では、花柱は途中で折れていますが、筒を形成する単体おしべとその中を走る花柱の関係が良く分かると思います。
また柱頭部を拡大した右の写真では、単体おしべの筒のいびつな先端口から5本の柱頭が突き出ているように見えます(矢印)。
一方、単体おしべの筒の下端部は、5枚の花弁の基部と強く融合しているため離れません。そのため花の散る時は、花弁と単体おしべ、さらに「めしべ」も一緒になって、子房と萼を残しポロリと落ちます。椿の花も同じような構造をしているため、花ごと落下するそうです。
時に「むくげ」の一重の花の中央には、小さな花弁様のものがみられることがあります。これは「おしべ」が花弁に変化したもので、おしべの花弁化と云われます。花弁化が進行しますと、八重の「むくげ」となることになります。
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「槿花(きんか)一日」あるいは「槿花一朝」という四字熟語があります。「はかない」ことを意味する言葉で、栄えていたものが崩壊することを「槿花一朝の夢」と云います。元々は唐の詩人、白居易(白楽天)の「放言」という詩の中に登場する言葉ですが、その一部を引用します。
「放言」 五首・其五
白居易
・・・・・・・
松樹千年終是朽,
槿花一日自為榮。
・・・・・・・
(千年の長寿を誇る松の樹もやがては枯れ、一日で散る槿の花は短い命を華やかに咲く)
この詩では、人間の生死はすべて幻であり、長寿を喜ぶことも短命も悲しむこともなく、喜怒哀楽にとらわれず自分の人生を全うすべきであると詠われています。
夏は、生命が生き生きとして躍動感あふれる反面、命の「はかなさ」を感じることの多い季節でもあります。「むくげ」の花の他にも、蜻蛉(かげろう)、ヒグラシの鳴き声、走馬燈、夕焼け、遠くの夜祭の賑わいなど思いつくだけでもいろいろあります。夜空に一瞬美しく輝き、そのまま消えてゆく花火もその一つでしょう。芥川龍之介の作品に「舞踏会」という短編があります。美しい令嬢の明子は、鹿鳴館で開かれた舞踏会に初めて参加します。そこでフランスの海軍将校から誘われ、上気しながらも華やかに踊ります。バルコニーで休んでいる時、夜空に花火が上がりました。青年将校は暗い空を見上げながら何か物思いに耽っているようです。以下原文のままです。
明子には何故かその花火が、殆(ほとんど)悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。 「私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生(ヴィ)のやうな花火の事を。」
暫くして仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるやうな調子でかう云つた。
(芥川龍之介全集、岩波書店より)
さて病院の話題です。今回は桑名西医療センターの糖尿病透析予防チームの活動について紹介します。
糖尿病による腎機能の低下から人工透析になるのを予防しましょう
糖尿病は食事療法や運動療法を基本とした治療を適切に行わないと、合併症(糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害など)を引き起こし、進行しますと日常生活の質が低下してしまいます。中でも腎臓の働きが低下する糖尿病性腎症から透析となる新規の透析導入患者数は、毎年約1万6千人増加しています。
透析予防チームについて
糖尿病性腎症の方を対象に専任の医師、看護師、管理栄養士が共同して指導を行い、腎臓の働きを守るために日常生活で何に気を付けるべきかなどを一緒に考え、療養を継続していただけるようにお手伝いしています。
どんなことをするの
採血から診察までの待ち時間や診察の終わった後に、管理栄養士からは食事(食生活状況、減塩のポイントなど)について、また看護師からは日常生活(血圧管理の必要性、検査データの見方、腎症の病期など)について療養指導を行います。また体組成成分計(InBody720)を使用して筋肉量や脂肪量、内臓脂肪面積などを毎回計測します。「〇〇は体にいい」と摂っていた食品も実は塩分が多く、腎臓に負担をかけていたことが分かったなんてことも。
活動について
毎週、糖尿病療養指導士*の資格を持つ看護師、管理栄養士、臨床検査技師などが一緒になってカンファレンスを行い、糖尿病性腎症の患者さんになるべく早期から介入(指導)するように努めています。職種間の連携を強め話し合いを深める事で、患者さんにより分かりやすい療養指導となることを目指しています。
平成26年度には、介入指導した患者さんにおいて、年間を通して血糖値や腎機能を低下させず、現状維持または改善することのできた割合は、全国の自治体病院の平均約70%に対し、当院では95%の成果を上げることができました。これはスタッフと患者さんの療養行動に対する努力の結果が実を結んだものと思います。
平成27年度の介入件数は、26年度の3.5倍にあたる約200件に増加しています。この理由としては糖尿病療養指導士の増員、定期的なカンファレンスの開催、電子カルテの導入などがあげられます。今年28年度には、上図に示しますようにさらなる増加が見込まれます。
「指導」と聞くと「怒られる」と思われる方も少なくないかもしれません。実はそうではなく、患者さんが早期から糖尿病とうまく付き合うことによって、よりよい生活を送れるように治療や療養をサポートするチーム医療のことです。スタッフの皆さんは明るく、患者さんそれぞれの生活に合わせた改善策を提案して参りますので、どうぞよろしくお願いします。
*糖尿病療養指導士: 糖尿病患者さんへの療養指導を行う専門職。糖尿病及びその療養指導に関する知識と経験があり、当院では看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師が活躍しています。
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛(文、写真)
竹田恭子(イラスト)