11月:みぞそば(溝ソバ)
―金平糖は砂糖菓子、つまみ喰いしたらすぐ分かる―
今年の冬は、よほど寒いのでしょうか。1月24日から25日にかけて10年に1度と言われる強烈な寒波が襲来し、日本列島は震え上がりました。日本海側はもとより太平洋側にも大雪が降り、津市では1月としては過去最高の11センチの積雪を観測しました。JR京都線では列車が立ち往生し、多くの乗客が最長10時間も立ったまま車内で過ごしたそうです。また新名神高速道では菰野インターチェンジ付近で24時間以上に及ぶ渋滞が発生、動けない車の中に大勢の人が閉じ込められました。さらに四日市市北部では水道管が凍結して破裂し、断水が何日も続いて市民生活に大きな混乱をもたらしました。何事も記録破りのこの低温、我が家の庭には、義母から譲り受けたデンドロビウムを株分けして育てて来た10数個の鉢があり、今までは何年も楽々と越冬していたのですが、今年はこの大雪と低温でいずれの鉢も葉の色が褪せ始めており、枯れてしまうかも知れません。申し訳ないことです。新型コロナ感染症は、5月8日に5類感染症への移行が決まりましたが、ほんとうに春はやって来るのでしょうか。心配になってしまいます。
さて季節は2か月さかのぼって11月、秋も深まり里山には、あちこちの溝や水辺で赤と白の小さな花が群生しています。ミゾソバ(溝ソバ)です。文字通り、溝に育ちソバのような実をつけますので溝そばと呼ばれます。前号で取り上げましたソバ(普通ソバ)はタデ科ソバ属でしたが、溝そばも同じタデ科ですがイヌタデ属の草本です。鉾型をした葉の形が牛の顔を似ていることから、「ウシノヒタイ」とも呼ばれます。
溝ソバの花は、白と桃色か紅色のツートンカラーが特徴ですが、ほとんど白いものがあり白花溝ソバと呼ばれます。溝ソバには、他にもいくつか種類があるそうですが、厳密に区別することは難しいとのことです。そこで本稿では、溝ソバと白花溝ソバだけを記載することとしますが、間違って他の種類の花が紛れ込んでいるかも知れませんので、その際はご容赦ください。
金平糖は、安土桃山時代にポルトガルから日本に持ち込まれ、織田信長に献上されました。甘い物が貴重な時代、信長はたいそう気に入り、以降ずっと徳川幕府の時代も将軍家に献上されたそうです。
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金平糖の特徴は、あの「とげとげ」、どうしてできるかはさておき、普通に作りますとその数は20個ぐらいのものが多いのだそうです。ところが将軍家へ献上したものは、とげの数が36個のものだけを選んだとのことです。なぜ36個なのでしょうか。天地六合(りくごう)という言葉は、天と地と四方の六極で天下や世界を意味しますが、36という数字はそれに関連し、天下人である将軍様が召し上がるのにふさわしいお菓子ということなのでしょうか。また富嶽三十六景、東山三十六峰、三十六歌仙、三十六計逃げるに如かずなど、36には「すべて」という意味もあります。
溝ソバの花被や葉をよくみますと、白い粒々がいっぱいこぼれているのに気が付きます。白い花粉がついているのですが、ちょうどこぼれ落ちた砂糖粒のようです。金平糖は砂糖菓子です。誰かがつまみ食いして、まぶしてあった砂糖粒がこぼれ落ちたのでしょうか。犯人は誰でしょう。蝶々でしょうか?蜜蜂でしょうか?
「砂糖菓子と言えば何かあったなあ!?」といろいろ思い巡らしましたが、なかなか浮かんで来ません。三日ほど経って、ふと思い出したのが映画「砂糖菓子が壊れるとき」です。曽野綾子原作、今井正監督、若尾文子主演の大映映画で1967年に封切られました。その頃私は高校生、映画は観ていませんが題名だけ覚えていました。そこで今回、DVDで観ましたが、スターの座を昇り詰めていく映画女優の喜びと苦悩の半生を描いた映画です。モデルはマリリン・モンローで、例えば野球選手と結婚するなど、私たちもよく知っている彼女の私生活が描かれていますが、若尾文子さんの演技が時にモンロー的であったり、あるいは本人自身であったりして、少し中途半端な感じがしました。
今井正(1912-1991年)監督は、「米」「キクとイサム」など多数の話題作を発表し、国内外の映画賞を数多く受賞し、日本の左翼ヒューニズムを代表する名匠の一人です。私も若い頃何本か観ましたが、余り印象に残っていません。そこで今回、有名な作品のいくつかをもう一度観直してみることにしました。
私ははほんの10分だけの積りで映画を観始めたのですが、観ているうちに止められなくなり、結局最後まで観てしまいました。映画の筋はよくある話で、演出も脚色も俳優さんたちの演技もごく普通、ロケ地も特別の場所ではなく、何もかも普通の感じのする映画です。それなのに、なぜか人を惹きつける、一度観始めたら止められない、これが名画なのでしょう。名匠のなせる技なのでしょう。
次にこれもベルリン国際映画賞で金熊賞を受賞した「武士道残酷物語」(1963年)で、なかなか見ごたえのある作品でした。江戸時代から現代まで7つの物語で構成され、その主役を中村錦之助が一人で演じます。武士道にある忠誠心、主君が江戸時代には殿様、戦時中には国家、戦後は会社と形を変えますが、主君にどれだけ冷遇されても忠誠を尽くすという日本人の精神性が鋭く描かれます。
私の個人的な感想ですが、「純愛物語」も「武士道残酷物語」も、ともに深刻な問題を扱いながら、映画の展開が実にテンポよく、そこに魅力を覚えました。
「越後つついし親不知」(1964年)や「にごりえ」(1953年)では、男のエゴに人生を翻弄される女性たちの苦悩を描きます。
「米」(1957年)は今井監督最初のカラー映画で、霞ケ浦の美しい自然と、その沿岸の農村で半農半漁の生活を営む貧しい人達の悲喜こもごもの生き様を、昔ながらの風物をまじえ、詩情豊かに描きます。
今井作品の底流にあるのは、強大な権力に対し立場の弱い人達への思いやりです。逆境の中でも懸命に生きようとする人たちを美しく描きます。今回そのいくつかを鑑賞して、認識を新たにしました。これからもう少し作品を観てみたいと思っています。
さてコロナの話です。新型コロナ感染症は、現在の状況を総合的に判断して今年の5月8日に5類感染症に変更されることになりました。そこで現状はどうなっているのか、三重県における第8波感染拡大の状況を、第7波と比較しながら検討してみました。
1)死亡者の詳細
三重県の新型コロナ感染拡大第8波における死亡者について、その詳細を第7波と比較しました(表1)。
第8波では全死亡者299人のうち70歳以上の高齢者は283人で、その割合は94.6%、第7波の90.6%より高くなっています。さらに第8波の高齢死亡者を年代別にみますと、70歳代17%、80歳代45%、90歳以上38%で、全死亡者の約8割が80歳以上であり、 高齢になるほど死亡リスクの高いことが明らかになりました。また第8波でも第7波と同様に、9割近くの人が基礎疾患を有し、(肺炎などの合併により)重症化をしていませんでした。 |
(第8波:2022年11月1日~2023年1月17日)(第7波:2022年8月1日~9月30日)
2)ワクチン接種の効果
それではワクチン接種の効果はどうだったのでしょうか。表2には、第8波感染拡大期における70歳以上の高齢死亡者のワクチン接種回数別の死亡者数と死亡率を示します。ワクチン5回接種による死亡率は0.013%で未接種の0.154%に比べ1/10以下に減少しています。ここで注目されるのは、ワクチン4回接種における死亡率です。表3をご覧ください。第7波においては、70歳以上の死亡者のうちワクチン4回接種の死亡率は0.011%と、未接種の0.101%に比べ1/10ほどに低下し、ワクチンの十分な効果が認められました。ところが今回の第8波では、4回の接種を済ませたものの5回目を受けていない人達の死亡率は0.074%で約7倍に増えています。これはどうしてでしょうか。その原因の一つとして次のように考えられます。高齢者の多くは昨年の夏(7月~9月)に4回目のワクチン接種を済ませたと思われますが、ワクチンの効果が高いのは接種後1~2か月です。感染拡大の第7波は、ちょうどその頃に起こり死亡率の減少につながりました。ところがそれから数か月して第8波の感染拡大が起こりました。5回目の接種では、感染拡大とワクチンの効果の高い時期が合致しましたが、4回しか受けていない人たちは、接種から時間が経過しているためワクチンの効果が低下し死亡率が増悪したものと考えられます。
3)インフルエンザとの比較
インフルエンザにおける死亡者も、70歳以上の高齢者に多いことはコロナ感染と同じです。それでは、インフルエンザではどれぐらいの人が亡くなるのでしょうか。インフルエンザは5類感染症ですので、医療機関には感染者や死亡者を届け出る義務はありません。したがって感染者数や死亡者数の実数を把握することができず、超過死亡という考え方に基づいて推計されます。まず過去のデータよりインフルエンザの流行がなかった冬(年)の平均死亡者数を求めます。実際にインフルエンザが流行して、その冬の全死亡者数が平均死亡者数より多くなった場合、その超過分をインフルエンザによる死亡者数とみなします。日本におけるインフルエンザによる死亡者数は、1シーズンあたり約1万人と言われています。
それでは新型コロナ感染、特にオミクロン株による死亡者はどれくらいでしょうか。厚労省の統計によりますと、昨年11、12月、今年1月の3か月間に全国で約2万人の方が亡くなっています。これをオミクロン株による1シーズンの死亡者数としますと、インフルエンザに比べ約2倍となります。
ただしこれも厚労省の発表ですが、感染者数を推計して致死率を求めますと、オミクロン株とインフルエンザには差がなかったそうです(表4)。
臨床症状も、オミクロン株では発熱も軽度で喉の痛みや鼻水などが2~3日で終わることも多く、インフルエンザよりも軽い傾向にあります。新型コロナ感染もインフルエンザも、基礎疾患を有する70歳以上の高齢者に対し、しっかりとした医療的ケアを行い、死亡者を極力減らすように努めれば、必ずしも恐ろしい病気ではないのです。
最近のコロナ感染症における問題の一つは、職員が濃厚接触者となって職場を離れ、スタッフ不足のために病棟閉鎖や救急医療の停止を余儀なくされる病院の多いことです。5類感染症になりますと、この規定がなくなりますので、スタッフ不足の心配は払拭されます。
またこれまでは、コロナ患者の診療は特定の医療機関に限って行われていましたが、5類になりますと、どこの医療機関でも診ることができるようになります。今まで使命感を持って必死にコロナ診療に携わって来た医療機関にとっては、その義務から解放され、ほっと一息つけると思います。しかしこれまでコロナ診療を行って来なかった医療機関は、感染対策に慣れていません。5類になったからと言って、いきなりコロナ患者の診療を開始できるか、定かではありません。そうなりますと懸念されますのは、どこの医療機関も積極的にはコロナ患者を受けたがらず、受け入れ先が見つからないという最悪の事態の発生することです。それを防ぐためにも、病院や診療所、介護施設など相互の緊密な連携と役割分担を欠かすことはできません。
令和5年2月7日
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)