9月:仙人草と牡丹蔓
―初秋の里山の片隅で、秘かに輝く白い十字星―
11月も下旬となり、紅葉を美しく輝かせた陽の光も冷たくなって来ました。足早に去って行く秋に名残惜しさを感じます。朝夕はずいぶん冷え込むようになり、冬がすぐそこまで近づいていることを実感します。いよいよまた寒い冬がやって来ます。
ウクライナ戦争は長期戦、持久戦の様相を呈してきました。ロシアによるミサイル爆撃により、インフラ関連施設などを大量に破壊されたウクライナでは、極度の電力不足に陥り、国民の誰もが暖房の乏しいまま寒い冬を耐えねばなりません。誠に気の毒なことです。ほんとうにとんでもない話です。どんな形でも良いから何とか支援できないものか、せめて寒い冬の間だけでも、暖かい日本へ避難して来ていただいたらどうだろう・・・など、そんなことに思いを巡らせながら、さて日本の冬はどうなるのだろうかと考えます。今年の冬は、どうやら新型コロナ感染拡大の第8波と季節性インフルエンザの同時流行(ツインデミック)が起こるようです。その対策として最も大切な双方のワクチンの接種、もう済まされましたでしょうか。
コロナに関する話題は後半に譲ることとして、早速花の話に入ります。
季節は少し戻りますが、9月、夏の熱気が少し冷め始めた里山では、林の縁や藪の所々に白い大きな布で覆われたようになっているところがあります。センニンソウ(仙人草)の白い花が、葉の生い茂った樹木に覆いかぶさるようにして無数に群れて咲いているのです。
仙人草はキンポウゲ科センニンソウ属の蔓(つる)性の半低木で、強い毒性を有し馬も口にしないことからウマクワズ(馬喰わず)とか、ウマノハオトシ(馬の歯落とし)とも呼ばれます。葉や茎の汁に触れるだけで皮膚炎を起こすそうですので、気を付けねばなりません。 |
なぜ仙人草という名前がついたのか不思議でしたが、花後に成る赤茶色の実に仙人の髭のような白い毛がついているからだそうです。 |
そこでもう少し花を拡大して観察しましょう。次の2枚の写真をご覧ください。仙人草と牡丹蔓のどちらにも、十字に拡がった4枚の花びらのようなものがありますが、これは花弁ではなく萼片だそうです。また双方ともに多数の白い「おしべ」と中央に「めしべ」(分かり難いですが)がみられます。「おしべ」の長さは、仙人草では萼片より短いのに対し、牡丹蔓では萼片と同じか長くなっています。そのため牡丹蔓ではたくさんの長い「おしべ」が目立って派手なのに対し、仙人草では大人しい感じがします。しかしこれは並べて見るから分かるので、単独であれば区別は困難です。
花の形状から区別することの困難な仙人草と牡丹蔓ですが、葉を観れば一目瞭然、簡単に見分けられます。仙人草の葉(小葉)は全縁で切れ込みがないのに対し、牡丹蔓の小葉には粗い鋸歯状の切れ込みがあり、牡丹の葉に似ています。葉が牡丹に似た蔓性の植物ということで牡丹蔓と名付けられました。
つぼみの形が、仙人草では細長く、牡丹蔓では丸っこいと言われます。確かにつぼみの小さい頃はそのように思いますが、つぼみが成長すると牡丹蔓でも細長くなるようです。
双方の花とも「おしべ」が目立ちますが、「めしべ」はどうなっているのか、拡大しました。すると花の中央に仙人草では5本、牡丹蔓では10本ほどの「めしべ」が見られました。
さてこれからの写真、美しい仙人草と牡丹蔓を撮ったものですが、どちらがどちらか区別できますか?
正解は最後のページにあります。
仙人といえば、芥川龍之介(1892-1927年)の小説にしばしば登場します。有名な小説「杜子春」も、仙人になりたいと望んで結局なれなかった若者の話でした。
唐の洛陽に住む杜子春という若者は、放蕩のため親の遺産を使い果たし無一文となります。ある日、西門の下でぼんやりしていますと、老人がやって来て「私の指示した場所を掘りなさい」と言って立ち去ります。指示された通りにしますと車いっぱいの黄金が出てきて、杜子春は大金持ちになります。しかしまた放蕩して3年後には一文無しになってしまいます。それを再度繰り返した後、3度目に西門の下に来た杜子春は、老人に「金持ちの間はちやほやされるけど、貧乏になれば見向きもされない。人間にはほとほと愛想が尽きた」と話します。杜子春は老人が仙人であることを悟り、仙人になりたいと懇願します。老人は杜子春を自分の住む峨眉山へ連れて行き、「いろいろな試練を与えられるが、決して言葉を発してはならない」と言います。杜子春は、虎や大蛇に襲われても、神に殺されて地獄へ堕ち責め苦を負わされても、一言も発しませんでした。その強情さに手を焼いた閻魔大王は、畜生道に堕ちて顔はそのままで体は痩せ馬となった杜子春の両親を、彼の前で鬼たちにめった打ちにさせます。酷い仕打ちを受けながらも、母親は必死に杜子春の身を案じます。母のやさしい心を知った杜子春は、思わず「お母さん」と叫んでしまいます。すると目が覚めて、そこには仙人が立っていました。「仙人になるのは止めて、人間らしい正直な生活をする」という杜子春に、仙人は泰山の麓にある家と畑を与えて去って行きました。
中国の小説を基に子供向けに創作された物語で、1920年、鈴木三重吉の主宰する「赤い鳥」に発表されました。芥川は古今東西の説話や伝承などを題材にした小説を得意としましたが、その中で子供向けに書かれたものを童話と呼んでいます。しかし童話の定義そのものが難しく、どこまでが童話でどこから大人の小説なのか、その線引きには諸説あります。「赤い鳥」は児童文学雑誌ですので、そこに発表された「杜子春」はじめ「蜘蛛の糸」「犬と笛」「魔術」「アグニの神」は、作者は童話を意識して書いたということができます。さらに「仙人」「三つの宝」「白」を加えた8作品が、一般に芥川の童話と言われています。
「仙人」は、「仙人になりたい」と言って奉公に来た少年が、使用人から「給料なしで奉公を続けたら仙人にしてあげる」と騙されて20年間働き続け、奉公の明けた日にほんとうに仙人になったという話です。
一方、「魔術」や「アグニの神」を読みますと、私たちが子供の頃、江戸川乱歩の怪奇小説をハラハラしながら読んだ時のような興奮を覚えます。
上記8作品の中で最も童話らしいのは、「犬と笛」ではないでしょうか。
昔、大和の国、葛城山の麓に、髪長彦という、たいそう笛の上手な若いきこりが住んでいました。彼の笛の音のあまりの美しさに感動した3人の神、足一つの神からは「嗅げ」という嗅覚の非常に発達した白犬を、手一つの神からは「飛べ」というどこまでも空を飛べる黒犬を、目一つの神からは「噛め」というどんな鬼でもかみ殺してしまう強い斑(ぶち)犬を貰います。その頃、都のお姫様の姉妹が生駒山と笠置山に住む怪物の虜になっていました。「嗅げ」が姫の隠されていた場所を突き止め、「噛め」が怪物をかみ殺し、髪長彦と二人の姫は「飛べ」に乗って都へ戻ります。たいそうお喜びになった殿様は、髪長彦にたくさんの褒美を与え、どちらかのお姫様の婿にしたとのことです。
童話といえば私たちは宮澤賢治とか坪田譲二などの作家を思い浮かべますが、芥川龍之介も童話を書いていたのです。もっとも芥川の小説そのものに、「大人の童話」的な要素があり、当然と言えば当然なのかも知れません。ただ今回、芥川童話を通読して、童話だけでなく怪奇小説や冒険小説的な作品も含まれていると感じました。子供の頃、本を読むことによって初めて知った、本の中の世界へ没入することの面白さ、それを実感した時の感動とか嬉しさが蘇って来ました。芥川の童話は、単なる童話だけではなく、もっと広い少年少女向けの児童文学と言った方が良いのかも知れません。
さてコロナの話です。11月に入り新型コロナ感染者数は増加し、いよいよ第8波の拡大期に入りました。最も心配されるのは、インフルエンザとの同時流行(ツインデミック)です。オーストラリアでは、今年5月から6月にかけてインフルエンザが流行しましたが、 ちょうどその頃新型コロナ感染者数も増加しており、同時流行となりました。新型コロナウイルスの世界的感染が始まって以来、同時流行は初めてのことではないでしょうか。ウイルス干渉という現象があり、あるウイルスが流行している間には、他のウイルスは増殖できないというものです。したがって新型コロナウイルスが流行している間はインフルエンザウイルスの流行はないと思っていましたが、それが覆されました。それどころかウイルスの相互干渉により、それぞれの毒性や重症化率が増悪するそうです。イギリスからの報告では、新型コロナウイルスにインフルエンザウイルスが同時感染しますと、新型コロナウイルス単独の場合に比べ、呼吸器症状が重くなって人工呼吸器の必要となる症例が約4倍となり、死亡率も2倍以上になったとのことです。日本における感染拡大の第6波や第7波は、オミクロン株により引き起こされましたが、肺炎を起こす患者が激減して死亡率が低下しました。 しかし同じオミクロン変異株により引き起こされる第8波で、インフルエンザウイルスとの同時感染により再び肺炎患者が増えることになれば、これはたいへんな事態になります。
これから冬を迎え、もし発熱した場合、コロナかインフルエンザか、あるいは普通の風邪か、気になると思います。そこでそれぞれの症状の違いを表1にまとめました。インフルエンザでは、急な発熱、悪寒、関節痛などを来します。とくに関節痛の強い場合には可能性が高いと言えます。一方、いわゆる風邪症状が、ずるずると1週間以上続く場合は新型コロナウイルス感染、通常の風邪では3日前後しか続きません。しかしこれらはあくまでも目安に過ぎず、最近ではワクチン接種が進んだせいでしょうか、コロナに感染しても、ほとんど症状がないか、あっても微熱程度の軽症の人が増えています。したがって体の異変を感じたら、すみやかにコロナやインフルエンザの検査を受けることが大切です。
しかし発熱患者が医療機関へ殺到して、重症化リスクの高い人が受診できなくなるような事態は避けねばなりません。そこで国では次のような指針を示しています。
1)重症化リスクの高い人(65歳以上の高齢者、心血管、呼吸器、腎臓病、糖尿病などの基礎疾患を有する人、妊婦、小学生以下の子供など)
従来通り、診療所や検査機関における発熱外来を受診してください。
子供さんの場合は、かかりつけ医や地域の小児科医を受診してください。
2)重症化リスクの低い人(上記以外の人)
市販の抗原定性検査キットを利用して、ご自分でコロナの検査を行ってください。
この場合、検査キットは研究用のものではなく、
国が「医療用」あるいは「一般用」として承認したものをご使用ください。
検査で陽性であれば地域の健康フォローアップセンターへ報告し自宅療養してください。
大切なことは、重症化リスクの高い人も低い人も、同時流行が起こる前に両方のワクチンを接種しておくことです。遅くとも今年中には接種を終えておいてください。それが今年の冬を安心して過ごすために最も大切なことなのです。
(写真の解答 (B)、(C)、(E): 仙人草、 (A)、(D): 牡丹蔓)
令和4年11月30日
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)