名誉理事長の部屋令和6年9月1日付で、竹田寬先生に名誉理事長の称号が授与されました。

名誉理事長の部屋

6月:桔梗草

―鄙(ひな)桔梗草に鄙桔梗、誰が名付けたのか?この紛らわしさ―

 

桔梗を小さくしたような花がいくつも咲く桔梗草

 東海地方の今年の梅雨明けは6月27日、平年より3週間も早く、梅雨の期間もわずか13日で観測史上最短だったそうです。「梅雨に入ったばかりなのに、もう明けた?」正直それが私たちの実感でした。「こんな早い梅雨明けは生まれて初めて」とも思いましたが、気象庁の記録によりますと、1951年以降、東海地方の梅雨明けで最も早いのは1963(昭和38)年の622日頃となっています。今年より5日ほど早いのですが、その年の梅雨入りは54日頃と異常に早く、そのため梅雨の期間は1か月半ぐらいと通常の長さでした。それに比べ今年は2週間も続かなかったのですから、まさに驚きです。梅雨の明けた後、これも記録的な猛暑の日が続き、そうこうしているうちに、いち早く台風4号が日本列島を縦断しました。その間、新型コロナ感染はじわじわと増加し続け、7月に入って急増して感染拡大第7波を迎え、中旬になりますと感染者は連日最高記録を更新し続けています。何もかも記録更新ずくめの今年の夏、果たしてどうなるのでしょうか。

 さて6月の花は、桔梗草です。5月の終わり、いつものように自転車で走っていますと、放置され荒れ放題となった休耕地の草叢に、紫色の小さな花がぽつんぽつんと咲いているのが目に留まりました。近寄ってみますと、桔梗を小さくしたような花で、1本の茎に何個か咲いています。なかなか気品のある花です。それから意識して里山のあちこちを探しながら走っていますと、意外や意外、いろいろな所で野草に紛れて秘かに咲いています。今まで気が付かなかっただけでしょうか。帰ってネットで調べてみますとキキョウソウ(桔梗草)とあります。北米原産の帰化植物で、今では東北以南の道端や草叢でよくみられるとのことです。さらによく似た植物として、ヒナキキョウソウ(鄙桔梗草)とヒナキキョウ(鄙桔梗)があると併記されています。いずれも、私にとって初めての植物で、それからの1か月間、すなわち6月いっぱい、この名前の紛らわしい3つの花を探し回りました。その結果、それぞれの花を何とか理解した(?)ような気になりましたので、ここに記します。ネットのブログなどでは、しばしば混同しているような記述もみられるように思います。私の理解が正しいかどうか自信はありませんが、私なりにまとめてみました。

野草にまみれて咲く桔梗草

 

   桔梗草、鄙桔梗草、鄙桔梗の特徴を右表に示します。いずれもキキョウ科の植物ですが、その下位分類は桔梗草と鄙桔梗草はキキョウ属、鄙桔梗はヒナギキョウ属と異なります。
 前2者は北アメリカ原産の帰化種、鄙桔梗は在来種です。

 桔梗草、鄙桔梗草、鄙桔梗はいずれもキキョウ科に属しますので、桔梗の花を小さくしたような美しい花を咲かせます。花弁は5枚、「おしべ」5本、「めしべ」は1本で柱頭は3裂します。桔梗草と鄙桔梗草の花はよく似ていて見分けることは困難です。鄙桔梗の柱頭は、ふわふわの羽毛のようになっています。
 花の全体像をみますと、違いがよく分かります。桔梗草と鄙桔梗草は、直立した茎に、桔梗草では複数の花を、鄙桔梗草では先端に1個の花を咲かせます。一方、鄙桔梗は「なよなよ」とした細い茎の先端に小さな花を1個咲かせますが、草丈も低く頼りなげに咲く姿は、他の2つとは明らかに異なります。

 

以下、これらの花に共通する特徴と相違点について順次記します。

(A)雄性先熟  
 桔梗をはじめとするキキョウ科の植物に共通するもので、「おしべ」と「めしべ」の成熟に時間差を設けて自家受粉を防ごうとする仕組みです。3つのいずれの花にもみられますが、桔梗草にて説明致します。
1)雄性期:先に5本の「おしべ」が成熟して花粉を放出します。この時「めしべ」の柱頭は開いておらず、こん棒のように突っ立ってい  
      ます。
2)雌性期:「おしべ」が退化した後、「めしべ」の柱頭が3裂し、虫の運んで来た他の花の花粉を受け入れます 。

​ このようにして自家受粉を防ぐのですが、雄性期が先に来るものですから、雄性先熟というわけです。 

(B)閉鎖花 
 閉鎖花とは、つぼみの花被片が開かず、つぼみの内部で「おしべ」と「めしべ」が自家受粉して結実するもので、カタバミやスミレ、ホトケノザなどでみられます。桔梗草や鄙桔梗草のキキョウ属は閉鎖花を有するのに対し、鄙桔梗のヒナキキョウ属ではみられません。

 桔梗草では、伸び始めの早い時期に閉鎖花が現れ、成長すると開花する花が多くなります。したがって茎の下部には閉鎖花、上部には開花する通常の花がみられます。閉鎖花では自家受粉が起こりますが、開花した花では雄性先熟により自家受粉を防ぎます。一方では自家受粉を行い、他方ではそれを防ぐ、一見矛盾するような機序が同じ個体で働いているのですが、閉鎖花により自分のコピーとなる種をどんどん作り、開花した花では他からの遺伝子を受け入れて、より優れた子孫を作ろうとしているのです。何というたくましい植物の知恵ではないでしょうか。鄙桔梗草も同じです。

花の萎んだ後の子房に比べ閉鎖花 では萼片が短いようです(桔梗草)。

果実である蒴果は成熟すると側面に穴(赤矢印)が開き、中から種子がこぼれ落ちます(桔梗草)。

(C)葉の形態 
 桔梗草の葉は丸くて大きく、花や閉鎖花を載せる台座のようになって茎を抱きます。したがって桔梗草は、「だんだん桔梗草」とも呼ばれます。
 一方の鄙桔梗草の葉は細くて小さく、閉鎖花を包み込むようにして葉柄を介さず茎の一部に付着します。これを「茎を抱く」とするか、しないか、意見の分かれるところですが、私は桔梗草と区別するためにも、敢えて「茎を抱かない」としました。
 

 

 

 

  それに比べ鄙桔梗の葉は、茎の基部に小さくて細いのが、申し訳程度に付いているぐらいです。茎の中央部の葉は、さらに小さくなります。

ひょろひょろと伸びた細い茎の先端に咲いた小さな花が、風にゆらゆら揺れる姿は、水族館の人気者チンアナゴのようです。


チンアナゴ

 

 さて桔梗と言えば、古くは万葉集や枕草子にも登場するほど、長い間日本人に親しまれて来ました。浮世絵にも多く描かれ、そのうち有名なものに、葛飾北斎の「蜻蛉と桔梗」があります。桔梗の花の群の上を飛ぶ蜻蛉(とんぼ)が、寸分の隙もなく完璧な構図で描かれています。世界で最も有名な日本人画家であると言われる北斎ですが、その生涯や人となりについては、小説や映画などでお馴染みの方も多いと思います。

葛飾北斎 蜻蛉と桔梗 ボストン美術館蔵(ボストン美術館のホームページよりダウンロードしました)

 1760年、現在の東京墨田区に生まれた北斎は、幼くして木版彫刻師に弟子入りして絵画に興味を抱くようになり、18歳の頃、浮世絵師の勝川春章の門下となって画業の研鑚を重ねます。絵画に対する創作意欲はすこぶる旺盛で、神羅万象何でも描き、画法も常に新しいものを求めて挑戦し続けました。版画はもとより、肉筆浮世絵や読本(よみほん)の挿絵、画や絵本など、様々な分野で並み外れた才能を発揮しました。

葛飾北斎 富嶽三十六景 神奈川沖浪裏 個人蔵

 代表作の「冨嶽三十六景」は、北斎が70歳を過ぎた頃の作品です。様々な場所から見える富士山を、大胆な構図を用いて描いたものですが、中でも有名なのが「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」です。荒れ狂う波の間を二艘の小舟が大きく揺れています。大きな波しぶきの落ちる下方に、遥かかなたの富士山が小さく見えます。西洋の画家たちに大きな影響を与えた名画ですが、波しぶきの描写にも、北斎独特の観察力と表現力が生かされています。

葛飾北斎 北斎漫画(「浮世絵検索」のホームページよりダウンロードしました)

 もう一つの代表作「北斎漫画」では、人物の様々な仕草や職業、風景、動物、幽霊、寺社などの建造物など、まさに森羅万象を見事な筆致で描いています。人物の動作や表情を瞬時に的確に捉え、卓越した筆力で描写していますが、どの絵にも人間味あふれる愛らしさがあり、何度見ても飽きることがありません。北斎は幽霊もよく描いており、右は「ろくろ首」の絵です。弧を描いて長く伸びた首の先には男性の頭が、くねくね曲がりくねった細い首の先には女性の頭が描かれています。

細く長い茎の先端に青色の小さな花が咲く鄙桔梗、風にゆらゆら揺れる姿を見ていますと、北斎の「ろくろ首」を思い出しました。

 奇行、奇人で知られ、生涯に雅号を30回変え、90回以上も引っ越ししたそうですが、それも、ただひたすら絵を描きたい一心からの行動でした。文化文政時代を代表する浮世絵師の北斎、「110歳まで生かして貰えれば、一筆一筆生きているように描くことができる」と語っていましたが、184990歳でこの世を去りました。未練をたっぷり残しながら・・・。

夏の青空の下、ぽつねんと一人、何を想っていることでしょうか。

 

 さてコロナの話です。いよいよ感染拡大第7波に突入しました。今回の主役は、BA.5、第6波のBA.2に比べ感染力が強く、全国における感染者数は7月に入り連日過去最高を更新し、下旬には20万人を超え、自宅療養者も130万人を超えています。最終的には第6波に比べ3倍近くの感染者数になるとのことです。若い人の感染が多く、高齢者施設でのクラスターが頻発している第7波、これからどうなるのか、ポイントをまとめてみました。

1)重症化率は第6波よりも低い
 表1をご覧ください。今年1~2月の第6波と、6~7月の第7波における全国の療養者数と重症者数の推移を重ねて比較したものです。療養者とは、病院、施設、自宅で療養する患者で、重症者とは人工呼吸器やECMO、あるいは集中治療室で治療する患者です。第7波における療養者は7月に入りどんどん増え、第6波を上回っていますが、重症者数は少なく第6波の5分の1程度です。   

表1 第6波と第7波における療養者数と重症者数の推移(中日新聞2022年7月28日の記事より)

 三重県でも同様で、入院病床の使用率は44.8%ですが、重症病床の使用率は0です(2022年7月28日)。私たちの病院でも、最近は常時15~20人ぐらいの患者が入院していますが、その9割は70歳以上の高齢者で、高血圧や認知症、腎不全などの基礎疾患を有していますが、重症者はいません。その大きな理由の一つとして、第7波では高齢者における3回目のワクチン接種が進んだことが挙げられています。

2)いつ季節性インフルエンザのような普通の感染症扱いになりますか?
 7月27日から29日まで奈良市で開かれた全国知事会議では、多くの知事から第7波のコロナ感染症を季節性インフルエンザと同様の感染症扱いにすべきという意見が出されました。厚労省の報告では、季節性インフルエンザの重症化率は、60歳未満で0.03%60歳以上で0.79%ですが、第6波では60歳未満0.03%60歳以上2.49%だったそうです。60歳以上の重症化率の高いことがインフルエンザ並みにすることができない理由の一つですが、第7波では重症化率がさらに低下していますので、今後その値次第によってはインフルエンザ並みの感染症扱いとする議論が高まって来るものと思われます。

3)忘れてはならないのは、重症化せずに亡くなる70歳以上の高齢者の多いことです 
 三重県では第6波において計136人が亡くなりましたが、そのうち約9割の118人が70歳以上の高齢者で、しかもその8割強にあたる98人は、重症化せずに基礎疾患の悪化により死亡しています。すなわち第6波における死亡者の大半は、基礎疾患を有する高齢者であり、肺炎などを併発せずに心臓病などの基礎疾患の悪化により亡くなっているのです。このような人たちの死亡を減らすためには、自宅療養ではなく入院して治療する必要があり、まず病床の確保に努めなければなりません。それが軽症例が多いと言われる第7波においても、依然として大切なことなのです。

 

そうこうするうちに本物(?)の桔梗が咲き始めました。

                                                                                                                                令和4年730日                 

             桑名市総合医療センター理事長 竹田  寛 (文、写真)

                                                                                                       竹田 恭子(イラスト)

 

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