5月:ムラサキサギゴケ(紫鷺苔)とトキワハゼ(常磐爆)
―初夏の野に潜む大きな虫と小さな虫、兄弟なのに何故かよそよそしい?―
新型コロナウイルス感染は、5月に入って緩やかな下降線を辿っていますが、なかなか収束には向かわず落ち着かない日が続いています。そんな中、あちこちで日常生活が復帰しつつありますが、如何お過ごしでしょうか。
さて今月の花は、先月に引き続き初夏の野を彩る青い花、ムラサキサギゴケ(紫鷺苔)とトキワハゼ(常磐爆)です。名前はあまり知られていませんが、どちらも昆虫のような面白い形をした花で、野山で偶然目にされた方もいるのではないでしょうか。双方の名前の由来ですが、ムラサキサギゴケは、紫っぽい鷺のような形をした花が苔のように地面を這いながら拡がっていくので、紫鷺苔となりました。花期は短く春から初夏までです。一方のトキワハゼは、春から晩秋まで長い間咲きますので「トキワ(常磐)」と冠せられ、種の詰まった丸い実が爆ぜるように割れるので「ハゼ(爆)」が語尾にくっつきました。花の形はよく似ているのに、名前がまったく異なるため、初め私は異種の植物かと思っていましたが、両者は間違いなく同種の植物です。旧分類ではゴマノハグサ科、サギゴケ属でしたが、新分類(APGⅢ)ではハエドクソウ科に移され、さらにサギゴケ属は独立してサギゴケ科になったとのことです。したがって双方ともサギゴケ科サギゴケ属に分類されます。ムラサキサギゴケは日本や中国、トキワハゼは東アジアに広く分布するそうです。
花の構造は、どちらも前号で取り上げたマツバウンランに非常によく似ています。上唇、下唇の2枚の花弁から成り、下唇は、上唇に比べ3~5倍ほど大きく、3裂して3つの部分に分かれますが、中央部は盛り上がり、黄色から茶褐色の模様があります。
ムラサキサギゴケでもトキワハゼでも「めしべ」や「おしべ」はなかなか見えないのですが、ムラサキサギゴケで何とか撮影できたのが下の写真です。「めしべ」の柱頭は、前後2枚に分かれて開いており、何かが触れると閉じるそうです。
それでは両者の花の違いはどこにあるのでしょうか。
1)花の大きさ: 最も大きな違いで、冒頭の写真にもありますように、ムラサキサギゴケの方がトキワハゼより3倍以上大きいのです。右の写真は、それぞれの花を採ってきて定規の上へ並べて撮影したものです。ムラサキサギゴケの花(上)は、長径で20~30mm、トキワハゼ(下)はせいぜい10mm強というところでしょうか。 |
2)花の色: 全体的に青っぽいのがムラサキサギゴケ、白っぽいのがトキワハゼです。その訳は、下唇の色がムラサキサギゴケでは青紫色していますが、トキワハゼではほとんど真っ白で、下の写真のように上唇まで白いものもあります。もちろんサギゴケに中にも上唇、下唇とも白いものがあり、シロバナサギゴケと呼ばれますが、私たちが普通野原で見かけるものはムラサキサギゴケです。 |
3)上唇の切れ込み:
両者ともに上唇の先端に切れ込みがあり、ムラサキサギゴケでは深くて上唇を二分するほどですが、トキワハゼではわずかに切れ込んでいるだけです。
4)匍匐(ほふく)茎(枝):
ムラサキサギゴケには、地面を這って四方へ伸びていく茎があり、これを匍匐茎(枝)と云います。東京の地下鉄の路線図のように縦横無尽に張リ巡ぐらされ、枝の分岐部から垂直方向へ伸びる茎を次々に出して花を咲かせていきます。
下の写真のように、匍匐茎を有するムラサキサギゴケでは花が密集して咲きますが、それを持たないトキワハゼでは、花は散開します。したがって大きな青紫色の花がぎっしり群れて咲くムラサキサギゴケは、遠くからでもよく目立ちますが、小さくて白っぽい花がパラパラと咲くトキワハゼは、なかなか見つけられません。
それでもムラサキサギゴケの花の群の周囲を注意して見詰めていますと、時々トキワハゼの花が見つかることがあります。中には並んで咲いているものもあるのですが、冒頭の写真や左の写真のように、なぜかしら両者はあらぬ方向を向いて、よそよそしく咲いています。同じ仲間の兄弟なのに仲が悪いのでしょうか?
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さて前号では、青色で有名な画家としてフェルメールとピカソを取り上げましたが、もう一人忘れてはならないのが、ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)(1871~1958年)です。1871年、家具職人の息子としてパリに生まれたルオーは、祖父から深い愛情を受けて育ちます。14歳の時、ステンドグラス職人に弟子入りし腕を磨きますが、後年のルオーの絵画にみられる黒くて太い輪郭線には、その影響がみられます。1890年国立美術学校へ入学してマティスと知り合い、ここで二人は象徴派の巨匠、ギュスターヴ・モローの指導を受けます。ルオーはモローから大きな影響を受け、生涯モローを敬愛し、1903年にはギュスターヴ・モロー美術館の初代館長になっています。
ルオーは、青や茶褐色などの美しい色彩と、独特の太くて黒い輪郭線を用いて、キリストや娼婦、道化、サーカス芸人などの精神的な苦悩を表現した作品を多く描いています。
また版画家としても秀逸で、1914年から始めた版画集『ミセレーレ』が有名です。
1917年、ある画商と契約を結んで、ルオーの「全作品」の所有権はその画商が有することになりますが、未完成作の所有権は自分にあると主張して裁判となり、それに勝利して300点もの未完成作をボイラーの火で燃やしたそうです。
1958年パリにて86年の生涯を閉じますが、国葬として葬られたそうです。
「キリストの肖像」には、苦悩するキリストの精神的内面が描かれています。もしルオーが生きていてウクライナ戦争を目にしたら、どんなキリストの絵を描いたことでしょうか。 |
また「ピエロと道化師」では、一人は無表情、もう一人は心配そうな顔つきをした道化師が描かれています。普段は人を笑わせることを職業とする人たちの複雑な心の内面を表現しています。 |
ところで道化師と云えば、私たちには忘れられない映画があります。名匠フェデリコ・フェリーニ(1920-93年)監督のイタリア映画「道」です。知的障害はあるものの純真無垢な女道化師ジェルソミーナ、演じたのはフェリーニ監督の奥さんジュリエッタ・マシーナ(1921-94年)ですが、その純粋で幼気(いたいけ)ない演技を忘れることができません。
話のあらすじは次の通りです。
アンソニー・クイン(1915-2001年)演じる主人公ザンパノは、胸に巻き付けた鉄の鎖を胸筋に力を入れてぶっち切る芸を得意とする大道芸人で、ジェルソミーナを金で買って女道化師として仕込み、二人でオート三輪に乗って大道芸を演じながらの旅をします。しかしジェルソミーナは、ザンパノの粗野で暴力的な言動に嫌気がさして逃げ出し、たどり着いた街で陽気な芸人イル・マットの綱渡り芸に見とれます。ザンパノに追いつかれたジェルソミーナは連れ戻され、一緒にサーカス団に合流しますが、そこにはイル・マットがいました。イル・マットとザンパノは古くから犬猿の仲で、イル・マットは常にザンパノをからかい、ザンパノの公演中にも客席から茶化したりして邪魔をします。一方、ジェルソミーナには優しく、ラッパで「悲しい曲」という題の曲の吹き方を教えます。ある日、イル・マットの悪態に堪りかねたザンパノは、ナイフを持って追いかけ警察沙汰となります。この事件によりサーカス団は、二人を解雇し街を立ち去ります。その時ジェルソミーナも「一緒に行こう」と誘われますが、何もできない自分はサーカス団の足手まといになると思い、残ります。
そして自分の気持ちをイル・マットに打ち明けます「演技も料理も何もできない私は、生きている価値があるのかしら?」 するとイル・マットは答えます「世の中のすべてのものは、何かの役に立っている。たとえこのちっぽけな小石でさえも・・・。それは神さまだけが知っている。ジェルソミーナもザンパノの役に立っているから連れ戻されたんだ。ザンパノはお前を愛しているよ。」 |
ジェルソミーナとザンパノは再び2人で大道芸の旅に出ますが、ある日、路上で自動車を修理しているイル・マットに出会い、ザンパノは彼を殴り飛ばします。打ち所が悪くイル・マットは死んでしまいますが、それを見てショックを受けたジェルソミーナは気が触れてしまい、道化師としての役目を果たせなくなります。ある日ザンパノは、眠っているジェルソミーナの傍らに、少しのお金とラッパを置いて立ち去ります。
数年後、興行に来ていた海辺の町で散歩していたザンパノは、娘が空き地で洗濯物を干しながら口ずさんでいる歌を偶然耳にします。それはジェルソミーナがラッパで吹いていた「悲しい曲」でした。娘の話では、ジェルソミーナは海辺で倒れていたところを娘の家に助けられ看病を受けていました。ほとんど話さず、何も食べず、泣いてばかりいて、いつもこの曲をラッパで吹いていました。そして間もなく死んだとのことでした。それを聞いて、いたたまれなくなったザンパノは、その夜酒場で大酒を呑んで大暴れし街をさまよった後、海岸へたどり着いて砂浜に泣き崩れます。
ザンパノを演じたアンソニー・クインの男っぽく渋い演技や、イル・マットを演じたリチャード・ベイスハート(1914-84年)の軽妙ながらどこかに憂いを含んだ演技も抜群でした。そして何よりも薄幸のジェルソミーナを演じたジュリエット・マシーナ、辛い境遇に生きながらも時折こぼれる微笑みには、天使のような純真さがあふれていました。
監督のフェリーニは、第2次世界大戦後のイタリア映画を代表する名匠で、「道」はヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞およびアカデミー外国語映画賞を受賞しています。他にも「8 1/2」「カビリアの夜」「フェリーニのアマルコルド」など数々の名作を生み出し、1992年にはアカデミー賞名誉賞を受賞しています。
ジェルソミーナがラッパで吹いていた「悲しい曲」は、この映画の主題歌で、作曲はニーノ・ロータ(1911-79年)、クラッシックと映画音楽の作曲家で、ほとんどのフェリーニ映画の音楽を担当しました。フェリーニ映画以外の映画音楽で代表的なものに、「太陽がいっぱい」「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー:愛のテーマ」などがあります。
さてコロナの話です。新型コロナ感染は下げ止まりのまま、4回目のワクチン接種が始まりました。今回の接種は重症化予防を目的とするもので、特例臨時接種に位置づけられるとのことです。対象となるのは次の方々です。
1)60歳以上の高齢者:
イスラエルからの報告で、60歳以上の高齢者において4回目のワクチン接種により重症化予防効果は3.5~4.3倍となり6週間持続しましたが、感染予防効果は最高2倍までで、8週間で消失したとのことです。
2)18歳以上60歳未満の人
A)基礎疾患を有する人:
接種対象となる基礎疾患には、呼吸器疾患、心臓病(高血圧を含む)、腎臓病、肝臓病、糖尿病、血液疾患、免疫の低下する病気、ステロ
イドなど免疫低下を招く治療を受けている人、神経疾患、神経筋疾患、染色体異常、心身障害、重い精神病、知的障害、睡眠時無呼吸症候群
など、様々な疾患が含まれます。
B)重症化リスクが高いと医師が認める人:
重症化リスクが高いのは、肥満(BMIが30以上)、妊娠、喫煙、身体的不活動(いわゆる運動不足)などが含まれます。
ここで問題となるのは、60歳以下で基礎疾患のない人たちが、ワクチン接種を希望する場合です。その際、重症化リスクが高いと医師が判断すれば接種可能となっています。上述のように重症化リスクの高い要因には、肥満、妊娠はもとより喫煙や運動不足まで入っています。さらに基礎疾患として高血圧も含まれます。そうなりますと、かなりの人が接種対象になるのではないでしょうか。接種希望者は、接種券の発行を申請しますが、それは自己申告になっています。接種券を持って、あるいは接種会場で直接対象者確認を受けて、医師の予診を受けるのですが、重症化リスクを判定して最終的に接種可能かどうかを決定するのは、その予診医です。医師の裁量に委ねられています。
人の健康状態は、各人それぞれに異なります。したがって重症化リスクも違って来ます。60歳未満でも4回目のワクチンを希望する人は、たとえ基礎疾患が無くても積極的に接種を申請すべきではないでしょうか。医師は受診希望者の健康状態を総合的に評価して重症化リスクを判定してくれますから・・・。
(ルオーの2枚の絵画は、ポンピドー・センターパリ国立近代美術館のホームページより引用しました)
令和4年6月26日
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)