11月:桜たで
―華麗に弾む旋律は、遠き日のピアノ・コンチェルト―
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。11月号なのに新年の挨拶? 何とも大きなズレがあり申し訳ありませんが、桜たでの花がお正月の飾りのように美しいことに免じてお許しください。
さて今年も新型コロナ感染の話から入ります。今一番の関心事は、やはりオミクロン株でしょう。2021年11月24日、南アフリカよりWHOへ最初に報告され、その後爆発的に拡大、さらに、またたく間に欧米はじめ世界100か国以上へ拡がりました。1日あたりの感染者も桁違いで、年が明けて英国やフランスでは20万人以上を記録し、米国では100万人を超えました。ワクチン接種も進み、新型コロナウイルス感染により自然抗体を獲得した人も増える中で、この異常な増加ぶりはどうなっているのでしょうか。そのオミクロン株による市中感染が、とうとう日本にもやって来ました。昨年12月22日大阪で3名検出され、今年に入り東京や沖縄など全国で感染者が急増しています。それが今後どうなって行くのか、最も気になるところです。そこで今回はこのオミクロン変異株に焦点を当てました。
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2)重症化率:
当初、オミクロン感染では無症状か軽症 図1新型コロナウイルス変異株の 患者が多く重症や入院例が少ないとの報告がありました。 感染速度の比較(中日新聞より) しかしその後、オミクロン感染により入院したり死亡する例も少なくないとの報告も続きました。現在でもはっきりとした傾向はみられず、重症化率に関して結論を得るためには後1か月ほど必要とのことです。
3)死亡率:
それでは死亡率はどうでしょうか。新型コロナウイルス感染による感染者数と死亡者数の時間的な推移を、南アフリカ、英国そして日本で比較してみました。
まず南アフリカです(図2)。 |
ついで英国です(図3)。 |
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米国やほかの欧米諸国でも、大体同じような状況です。しかし感染力の極めて強いオミクロン株に対し、マスクもせず三密を避けるなどの行動制限もしないのですから、感染者が増えるのは当然です。それが現在の常軌を逸した感染者数の増加に繋がっているのでしょう。今も増え続ける感染者、そのピークは1月中頃でしょうか、その時、重症者や死亡者はどうなっているか、注目されます。
それでは、日本ではどうでしょうか(図4)。 |
4)ワクチンの感染防止効果:
ファイザー、モデルナ、アストラゼネカなど、私達が今まで受けて来たワクチンは、オミクロン感染を防止するのにどれぐらい効果があるのでしょうか。最近英国から次のような報告が出されました。
・ワクチン2回接種後の感染防止効果は、2か月で半減し3〜4か月でほぼ消失する。
・3度目のブースター接種を行うと、1か月ほどは比較的高い感染防止効果があるが、2~3か月もすると消退する。
残念ながら、私たちが今まで受けて来たワクチンは、オミクロン感染の防止には、限界があるということです。そのため、欧米諸国やイスラエルなどワクチン接種率が高い国でもオミクロン感染が爆発的に増え、日本の感染者にもワクチン接種終了者がいるのです。
5)ワクチンによる重症化回避効果:これも英国からの報告です.
・オミクロン株の病原性は、従来のウイルスより弱い可能性は高いが、それほど際立ったものではない。
・自然感染やワクチン接種により得られた免疫は、オミクロン株による重症化を防ぐ上でかなり有効で、80%以上との報告もある。
米国における重症者や死者は、ワクチン未接種者が多いとのことです。感染しても重症化し難い、ちょうどインフルエンザワクチンと同じで、これは有難いことです。
6)治療薬の有効性:現在開発が進められている治療薬の有効性はどうでしょうか。
モルヌピラビル:米国メルク社の開発した新型コロナ感染治療薬で、日本でも昨年末に経口治療薬として承認され、全国の医療機関や薬局に配布されています。オミクロン感染の軽症患者に投与することにより、入院や死亡のリスクを30%減らす効果があると言われます。当面は、重症化しやすい高齢者や基礎疾患を有する人たちを中心に使われます。
コロナ中和抗体薬ロナプリーブ(カシリビマブ/イムデビマブ):第5波では、デルタ株に対し抗体カクテル療法として軽症患者の重症化を防止するのにきわめて有用でありましたが、オミクロン感染においては中和抗体を減少させるとして推奨されていません。
オミクロン感染においてワクチンの効果に全幅の信頼が置けないとすれば、私たちはどうすればよいのでしょうか。一つには経口治療薬をうまく使うことで、軽症のうちに服用すれば効果が高いと言われます。しかし何よりも大切なことは、感染しないことです。そのために基本的な感染防止対策、マスク着用、手洗い、三密の回避を続けなければなりません。デルタ株からオミクロン株に置き変わっていく中で、欧米の轍を踏まないためにも、月並みですが、個人個人の感染対策の徹底、これに尽きるのではないでしょうか。
さて今月はサクラタデ(桜たで)です。花が大きくて美しいので、タデ科の中でも人気があります。最近は野山で桜たでの群生を見かけることも少なくなり、地方によっては絶滅危惧種に指定されています。直立した花穂に赤いつぼみが並び、開花しますとうっすら桃色がかった白い花になります。その姿には、何とも言えない優雅さと気品が漂います。うす桃色の花で満開の花穂が、複雑に絡み合って群生している姿を眺めますと、リズミカルな音楽を聴いているようで心楽しくなります。
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昔、本稿でサククラソウ(桜草)を特集した時に、短花柱花と長花柱花を勉強しました。「めしべ」の花柱の長さが「おしべ」より短く「おしべ」に隠れてしまうものを短花柱花、逆に「めしべ」の花柱が長く「おしべ」より高く突出するものを長花柱花と言い、サクラソウでは自己受粉を防ぐためにこのような構造になっています。ところが「桜たで」の花も同じような構造になっていて雄花、雌花と呼ばれます。桜たでの花柱は、通常先端が3本に分裂しますが、花柱が「おしべ」より短いものがあり、ちょうど短花柱花のような構造になっています。しかしそれは「めしべ」の退化によるもので結実することはなく、雄花と呼ばれます。逆に花柱が「おしべ」より長いものは雌花と呼ばれます。桜たでは、雄花、雌花が同一個体に現れない雌雄異株ですが、今回私が写真を撮った桜たでの群生では、すべて雄花ばかりで、雌花を見つけることができませんでした。
桜たでの花には、蜂や蛾などたくさんの虫が集まります。
サクラタデによく似ていますが、つぼみも花も真っ白で、シロバナサクラタデ(白花桜たで)と呼ばれます。花の大きさは、桜たでより一回り小ぶりですが、清楚な純白の花をたくさん咲かせます。
話は変わりますが、今年(2021年)の第18回ショパン国際ピアノコンクールでは、反田恭平氏が2位、小林愛美氏が4位と日本人が大活躍しました。日本人が2位に輝いたのは、1970年の第8回コンクールの内田光子氏以来、実に51年ぶりのことです。ショパンコンクールは5年に1度開催されますが、その前の1965年の第7回コンクールで、これも日本人として初めて4位入賞を果たしたのが、中村紘子氏(1944―2016年)です。若干21歳の史上最年少受賞ということで、ずいぶん話題になりました。私が高校生の頃です。中村氏は、幼いころよりピアニストとしての頭角を現し様々な賞を受賞、16歳の頃にはNHK交響楽団初の世界ツアーのソリストに抜擢され、振袖姿で演奏して話題になりました。
そんな中村紘子さんのリサイタルが津市の三重県文化会館であるというので、今は亡き友人と一緒にいそいそと出掛けました。私は大学生、季節は春の終わり頃だったでしょうか。当時の文化会館は津城の隣にあり、現在の立派な総合文化センターとは違って小さな建物でした。曲目はショパンのピアノ協奏曲第1番、ショパンコンクール本選の課題曲の一つです。オーケストラ演奏は読売交響楽団でした。夜もとっぷり暮れた頃、演奏が始まりました。私はショパンのピアノ曲は時々聴いていましたが、協奏曲を、しかも生演奏で聴くのは初めてで、とても緊張しました。その時中村さんがどのような服装をしていたか忘れましたが、とても艶やかであったような気がします。そして何よりもその華麗で力強い演奏、交響楽団との抜群のアンサンブルに圧倒されました。第1楽章、第2楽章ともに旋律が美しく素晴らしいのですが、特に私の好きなのは第3楽章です。リズム良く弾むような旋律は、華美に溺れることなく、心の中から自然に湧き出た「天使の音楽」のような気がします。ちょうどモーツアルトの音楽のように・・・。あっという間に演奏は終わりました。満員の観衆からは拍手が止みません。他にも数曲演奏されたと思いますが、覚えているのはこの曲だけです。
興奮の冷めやらぬまま会場を出て、会場前の大通りの歩道を、友人と二人、大勢の人たちに混じって歩いていました。するとその時です。一台のタクシーが車道を通りかかりました。
当時はまだ街灯も少なく、暗くて中の様子がよく分かりません。たまたま対向車が来たのでしょうか、ヘッドライトの灯りに一瞬車内が明るく照らされて、乗っている人の横顔が見えま した。間違いなく中村紘子さんでした。タクシーでホテルまで帰られるのでしょうか。すぐに元の暗闇に戻りましたが、暗い中に一瞬垣間見た中村紘子さんの横顔、その印象はあまりにも強烈で驚きでした。 |
田舎で生まれ育った私にとって、国際的にも有名な都会育ちの女流ピアニストです。憧れの雲の上の人です。友人も私も、すっかり興奮してしまい、タクシーが国道で左折して消えるまで呆然として見送っていました。翌朝、早速レコード店へ飛んで行きました。中村紘子、ショパンのピアノ協奏曲第一番、ありました。しかもオーケストラは読売交響楽団です。昨夜と一緒です。私はためらいもなくLPを買いました。それから何度聴いたことでしょうか。まさに針が擦り切れるほど聴きました。かくして私の青春時代の大切な一曲となったのですが、はるか遠い昔、もはやセピア色となってしまった大切な思い出です。
今回、桜たでの赤いつぼみとうす桃色の白い花が、複雑に入り組んで咲いている様子を撮影していて、そのさりげなく美しく、流れるような躍動感に、第3楽章の旋律を思い浮かべていました。人の心を楽しく弾ませてくれるのが、ショパンのピアノ協奏曲第1番であり、桜たでの美しい花の群れでもあります。
中村紘子さんのご主人は小説家の庄司薫氏、国内外での演奏会は3,800回を越え、日本を代表するピアニストとして活躍しましたが、2016年に大腸がんのために亡くなられました。享年72歳。そういえば不世出の大女優、オードリー・ヘップバーン(1929-93年)も63歳の若さで大腸がんのためこの世を去っています。
私は健診に来られた女性の方には、いつもこう話します。「女性のがん死亡の原因で最も多いのが大腸がんです。60歳を過ぎたら2~3年に1度でいいから、大腸ファイバー検査をお受けください。それが大腸がんを早期に発見して治療する最善の方法ですから」。
令和4年1月6日
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)