10月:犬たで(イヌタデ)
―犬も好きな「赤まんま」と思っていましたが・・・!?―
11月に入り新型コロナ感染は嘘のように静かになり、穏やかな日が続いています。東京でも1日の新規感染者数が10人を割るなど、第5波の混乱は何だったのかと思うほど平穏な日の連続です。このままコロナが消退してくれれば言うことはないのですが・・・。
日本での閑静をよそに、1-2か月ほど前からドイツ、イギリス、オーストリアなどの欧州諸国や韓国では感染者が急増しています。ことに隣の韓国では、ワクチン接種率が79.1%と日本よりも高く、マスク着用などコロナ感染防止に対する国民の意識も高いのに、異常な勢いで感染者が増えています。他方、ワクチン接種率が40%にも満たないインドにおける新規感染者数は、今年の初夏に大きなピークを記録した後、急速に減少し今も漸減しています。ワクチン接種率の高い国で患者が増え、低い国では減っている、この逆転現象はいったいどういうことでしょうか? さらに今一番気になるのは、南アフリカで新しく発見された変異ウイルス、オミクロン株です。そこで今回は、韓国、インド、日本における現状を解析し、オミクロン株について今までに分かっていることをまとめてみました。
今年1月からの日本、韓国、インドにおける1日あたりの新規感染者数(人口百万人あたり)の推移をグラフにしました(図1)。日本では第3,4波の後、第5波の大きなピークがあり、その後は急速に減少しています。同様にインドでも、5月頃に巨大なピークを記録して以来、急減しています。一方韓国では明らかなピークはなく徐々に増加しています。
日本における新規患者数は、3回のピークの間に2回の谷がありました。それぞれの谷の最深部にあたる3月2日と6月29日、さらに直近の11月29日における新規感染数を表1に示します。日本の新規感染者数は、3月と6月頃の谷においてはいずれも10人前後ですが、その後ともに再拡大が起こっていますので、「下げ止まり」の状態にあったと考えられます。ところが11月になりますと0.8人と10分の1以下に減少しています。かってない低い数で「底をついた」とも考えられます。一方、韓国における新規感染者数は、今年1月から6月まで10人前後でほとんど変化なく、「下げ止まり」の状態が続いていたと考えられます。
1)韓国における感染者急増
マスコミでも報じられていますように、その原因として次の3点が挙げられます。
早過ぎた規制緩和:韓国では、11月より飲食店における営業時間制限の撤廃など様々な規制緩和が開始されました。患者数は「下げ止まり」の状態だったのですが、思い切って規制緩和に踏み切ったのです。これは欧州各国でも同じです。すると感染者は増え、それにつれて重症者も増えますので入院病床はひっ迫します。大幅な規制緩和が早過ぎたのではないかと言われています。
高齢者におけるブレイクスルー感染の増加:ワクチン接種終了後にコロナに感染するブレイクスルー感染は、韓国では6月に116人でしたが10月には10.092人と90倍近くにまで跳ね上がりました。特に60代以上の高齢者に多く、感染者の80%がブレイクスルー感染であったと言われます。なぜ高齢者にブレイクスルー感染が多いのでしょうか。韓国でのワクチン接種は4月頃より高齢者を対象に始まりましたが、使用されたワクチンの多くはアストラゼネカ社製のものだったそうです。ブレイクスルー感染の発生率はワクチンにより異なり、アストラゼネカ社製ワクチンでは0.171%で、ファイザー社製のもの(0.064%)に比べ3倍ほど高く、それが高齢者にブレイクスルー感染の多い原因の一つとされています。
ワクチン未接種の若年者における感染拡大:韓国では、若年者におけるワクチン接種があまり進んでいません。日本における12歳以上の若年者のワクチン接種率は70%近いのに、 韓国では15%そこそこしかなく、ワクチンを受けていない若者に感染が急増しています。
以上のような理由で韓国では感染者が増えているのですが、その教訓を生かして私たちは、規制緩和はできるだけ慎重に行う、ワクチンの3回目接種を急ぎ、国民一人ひとりの抗体量を増やしてブレイクスルー感染を防ぐ、若年者にもさらにワクチン接種を進め、家庭内感染や学校内感染を防ぐなどの対策が必要と思われます。
2)インドにおける感染者急減
インドでは4月から5月にかけて、1日あたりの新規感染者数は全国で40万人を超え、首都ニューデリーでも2万8千人に達したそうです。そこでロックダウンなど様々な対策が講じられましたが、7月に入りますと急速に患者が減り始め、最近ではニューデリーでも連日100人を下回るようになったとのことです。最近の発表によりますと、ニューデリー市民の新型コロナウイルスに対する抗体の保有率は97%に達し、その大部分は感染による自然免疫で、残りはワクチン接種によるものとのことです。ある集団において、大多数の人が抗体を保有するようになると感染は消退します。これを集団免疫と言いますが、インドでは集団免疫が形成されたのではないかとも言われます。
3)日本における感染者激減・・・ひょっとして集団免疫?
現在の日本の感染者数はインドよりもさらに少なく、より完全に感染が抑えられていると考えられます。とにもかくにも最近の日本における感染者の激減ぶりは驚異的であり、専門家も首をかしげるほどです。一説では、第5波の感染拡大の時、PCR検査を受けていない無症状の感染者で、(感染により)自然に免疫を獲得した人が数十万人以上いると推定され、それに国民の大多数がワクチン接種により免疫を獲得しましたので、インドと同じように集団免疫が形成されたのではないかと言われています。そうでも考えないと、感染者が自然に減少していく今の状況を説明し切れないそうです。もしこれがほんとうであれば、こんな喜ばしいことはありません。そうであることを真に願います。
4)オミクロン変異株・・・ウイルス干渉への期待
オミクロン株に関して、今までに分かっていることを列挙します。
a)11月24日に南アフリカで最初に報告されて以来、急遽、世界各国で取られた必死の水際対策にもかかわらず、1週間も経たないうちに既に40近くの国で確認されたこと。
b)とにかく感染力が強く、南アフリカにおけるコロナ感染は、10月までは70%以上がデルタ株でしたが、11月にはオミクロン株に置き変わってしまったこと。
c)患者の症状はいずれも無症状か軽症で、重症者や死亡者は報告されていないこと。
d)既存のワクチンが効くかどうかまだ不明であること。
ここで注目されるのは、オミクロン株は感染力が強く、無症状や軽症の患者が多いということです。以前にもお話しましたが、「ウイルス干渉」という現象があります。一つの ウイルスがまん延すると他のウイルスは増殖できないというものです。もしオミクロン株によるウイルス干渉が起きますと、デルタ株など他のウイルスは増えることができないことになります。まさに今、南アフリカで起こっていることであり、同じことが世界中で起こり得ます。しかもオミクロン株の重症化率が低いのであれば、今後のコロナ感染においては重症患者の減る可能性もあります。もしそうなったら、それは有難いことです。そこでどうしても気になるのがオミクロン株の重症化率です。それが判明するまでに年内いっぱいほどかかるそうですが、その結果が俟たれます。ただし、これまで述べてきたことは、あくまでもウイルス学にも公衆衛生学にも門外漢の老いぼれ医師の単なる思い付きに過ぎず、的外れかも知れません。しかし私個人的には、集団免疫とウイルス干渉、今後のコロナ感染の動向を探る上でキーワードになるような気がしてなりません。
さて今月は蓼(たで)です。今回の主役である犬たで(犬蓼:イヌタデ)はどこでも見かける雑草ですので、普段あまり気に留めませんが、よく見ますとなかなか美しい姿形をしています。しかも蓼には犬たで以外にも柳たで(柳蓼)、桜たで(桜蓼)など種類も多く、格段に美しい花を咲かせるものもあります。そこで10月号は犬たでを中心として同じ仲間のおお犬たでや柳たでを、11月には花の美しい桜たでを中心として稿を進めます。
犬たでは、タデ科イヌタデ属の一年草で、草丈20~40cmぐらいで道端などに群生します。直立する花穂には赤いつぼみや花が密集し、披針形の葉の深い緑に美しいコントラストを描きます。赤いつぼみを赤飯になぞらえ「赤まんま」とも呼ばれます。
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おお犬たでは、犬たでより二回り大きく、畑などに生えますと大豆などの作物よりも大きくなります。赤いつぼみのびっしり密集した花穂はしなだれます。
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柳たでは、葉に辛みがあり鮎の塩焼きに添えられる蓼酢の材料として使われます。ボントクタデ(凡篤蓼)などよく似たタデもあり、見分けることはしばしば困難ですが、葉を噛むと辛いことから区別できます。花穂はしなだれて白い花が咲きます。
タデの種類は、托葉鞘の形態を比較することで見分けることもできます。托葉とは葉柄の基部あたりに現れる葉のかけらのようなもので、それが茎を取り囲むようになったものを托葉鞘と言います。筒状の托葉鞘の上端に、犬たでは長い毛が、柳たででは短い毛がありますが、おお犬たでではみられません。
私たちの友人の俳句を一句紹介します。
草引くや犬蓼の紅手にこぼれ
「蓼食う虫も好き好き」ということわざがあります。「辛い蓼を好んで食べる虫があるように、人の好みはさまざま」という意味でしょうか。辛い蓼とは柳たでのことで、それを食べる虫をタデハムシというそうです。私
も柳たでの葉を恐る恐る噛んでみましたが、確かに口の中に辛さが残ります。この辛さが人間にも好まれ、蓼酢として鮎の塩焼きに添えられるようになったのです。
ところで犬たで(犬蓼)という名前、どのようにして付けられたのでしょうか。犬が散歩の時に好んで臭いを嗅ぐ、犬の好む野草だから犬蓼になったと思っていました。ところが全く違っていました。犬たでの葉は柳たでと違って辛みがなくて美味しくない、だから食用として「役に立たない蓼」という意味だそうです。したがって「イヌ」という言葉には、人間にとって有用な植物に似ているが、実は非なるもの、ニセモノで「役に立たない」という意味があります。否(いな)が変化したという説もあります。他にも「イヌムギ」、「イヌビエ」、「イヌホオズキ」、「イヌサフラン」「イヌハッカ」など多数あります。
下の写真はイヌホウズキです。ナス科の植物で、秋から初冬にかけてナスに似た愛嬌ある花を咲かせます。ホオズキのような実が成りますが、役に立たないからイヌホオズキと呼ばれ、バカナスとも言われます。なんて気の毒な野草でしょう。
犬は古くから猟犬や番犬として、あるいはペットとして、私たち人間にとってかけがいのない大切な伴侶でした。主人のためなら命を惜しまず敵に向かって果敢に戦う、あるいは亡くなった主人の帰りを何年も待ち続けると言った勇敢で忠誠心に富んだ素晴らしい動物です。それなのに「役に立たない」という悪い意味で使われることには違和感を覚えます。
しかし「犬侍」といえば臆病で卑怯な侍、「負け犬の遠吠え」は、強い人の前では何も言わず、影で悪口を言ったり威張ったりすることの意味で使われます。犬には強いものに対して卑屈になり、コソコソ隠れてしまうような臆病な一面もあります。また何の役にも立たない無駄な死に方を「犬死にする」と言います。「イヌ」という言葉に悪い意味が込められるようになったのは、人間と犬との長い付き合いの中で自然に生まれたのでしょう。犬は大切な仲間でもありますが、かつて熾烈な競争相手でもあったはずだからです。
でも最近は違うように思います。私たちの子供の頃は、名犬リンチンチンもラッシーも憧れの的でした。現代社会において、犬や猫はペットとして多くの人の心を癒してくれます。アニマルセラピーも盲導犬もほんとうに有難いものです。
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人間と犬とが真の友達になったのは、人間社会が豊かになったからでしょうか。それとも人間社会の孤独化が進んだからでしょうか。
令和3年12月8日
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛 (文、写真)
竹田 恭子(イラスト)