名誉理事長の部屋令和6年9月1日付で、竹田寬先生に名誉理事長の称号が授与されました。

名誉理事長の部屋

7月:サフランモドキ

― 私のほんとうの名前を教えてください・・・その1 ―

サフランモドキの花。桃色の花弁、「おしべ」の黄色の葯、真っ白な「めしべ」が鮮やかです。上向きに咲くことが多いのですが、この花は少しうつむきに咲いています。

 今年の7月は、連日の猛暑にオリンピックの熱戦、そして新型コロナ感染の拡大と、ほんとうに熱い1か月でした。8月に入ってオリンピックも無事終わり、やれやれと思った矢先、今度は梅雨末期のような長雨と大雨、蒸し暑い毎日にうんざりします。長崎や佐賀、広島などでは、またもや大きな水害が発生しました。そしてそれとはまったくお構いなしに、急速に勢いを増しているのが新型コロナ感染拡大の第5波です。日本全国における新規感染者数は連日最多記録を更新し、813日にはとうとう20,000人を突破しました。三重県でも同様で、新規感染者数は11日に初めて100人を突破し、21日には428人に達しました。22日現在、東京や沖縄など13府県に緊急事態宣言が、三重県を含め全国16道県にまん延防止等特別措置が発令されています。また三重県で9月に開催することになっていました「とこわか国体」も中止となりました。そして最も懸念されるのが、首都圏はじめ全国各地における医療の逼迫です。入院させなければならないのに入院先がない、そのために自宅療養中に命を失う人が続出しています。私たち医療人として、絶対避けなければならない事態が起こっているのです。第5波の感染拡大の主な原因は、インドで発見されたデルタ変異株によるものですが、際限なく続く感染拡大、これから先どうなって行くのでしょうか。マスコミでは連日断片的な情報が目まぐるしく飛び交っています。この中で私なりに、信頼性が高く大切と思われる情報を、現場での経験も踏まえて整理し、まとめてみました。

1)デルタ株は、感染力が強く、重症化率も高い。 
 とにかく感染力が強いのが最大の特徴です。従来のコロナウイルスであれば周囲の人の12人にうつるだけですが、デルタ株では8人以上に感染し、感染力が強いことで知られる水ぼうそう(水痘)に匹敵すると言われます。それが今回の爆発的な感染拡大の大きな要因となっています。では重症化はどうでしょうか。デルタ株が発見された当初は、重症化率は高くないとの報告もありましたが、諸外国からの最近の報告によれば、入院したり、重症化して集中治療室へ入ったり、あるいは死亡するリスクは、従来のウイルスに比べ25倍ほど高くなるとのことです。

2)ワクチンを接種しても感染することはある。しかし重症化を防ぐことができる。  
 コロナワクチンを接種すれば、デルタ株の感染を完全に防ぐことができるのでしょうか。残念ながらできません。ファイザー社のワクチンでは、デルタ株の発症を予防する効果は6080%と報告されています。すなわちワクチンを接種しても3割前後の人は、デルタ株に感染し発症するのです。実際私たちの病院でも、ワクチンを接種し十分量の抗体のあることが確認された職員が、コロナに感染しました。したがってワクチンを接種した人も、今まで通りマスク、手洗い、三密の回避という基本的な感染防御を続けねばなりません。
 一方、重症化はどうでしょうか。これは防げるようで、デルタ株に感染しても入院や死亡へ至らないようにする効果は90100%と報告されています。すなわちほとんどの人は重症化しないのです。

図1 東京都における重症者数と死亡者数の推移(東洋経済on lineのホームページより引用)

3)第5波における感染は、ワクチン未接種の若年者や中高年者に多く、重症例が増えても死亡者は増加していない。 
 ワクチンを接種しても感染することがあるのは事実ですが、しかし過半数の人は感染しないのですから、第5波での感染患者は、ワクチン未接種の若年者や中高年者に圧倒的に多いことは確かです。私たちの病院においても、入院患者のほとんどは、4050歳代あるいはそれ以下のワクチン未接種者です。第4波までの入院は6070歳代の高齢者が多く、重症化して死亡するリスクが高く、介護を必要とすることも多いなどもあって、治療に当たるスタッフはたいへんでした。しかも症状が軽快するまでに時間がかかり入院も長期化しました。しかし第5波における入院患者は比較的若く、症状も安定していて軽快するのも速いため、病床の回転率は高くなり、しかも死亡する患者も減っています。図1をご覧ください。医療逼迫の起こっている東京における重症者数と死亡者数の経時的変化を示したものです。8月に入り重症者数は急速に増えていますが、死亡者数はほとんど増えていません。日本全体でみても、同様の傾向を示します。これは私たち医療従事者にとって、せめてもの救いです。

4)入院患者急増による医療逼迫の原因は、感染者の増え過ぎ。  
 表1は、厚労省の「新型コロナウイルス診療の手引き」の重症度分類をもとにNHKが作成したコロナ患者の症状分類です。血中の酸素飽和度により、軽症、中等症Ⅰ、Ⅱ、重症に分けられます。一時、中等症の患者の入院をどうするか議論になりましたが、現在では原則として、中等症Ⅰ以上の人は入院、軽症で若い人は施設か自宅療養という方針で診療が行われています。しかし患者の急増によりその原則が守れず、東京などでは中等症ⅠどころかⅡの患者でも自宅療養していることも多いとのことです。前述しましたように、第5波では患者が比較的若いため病床の回転は速いのですが、いくら病床をフル回転しても、それをはるかに上回る速度で患者が増え続けるため、病床が足りなくなっています。

新型コロナ患者の症状分類(NHKのホームページより引用)

6)自宅療養中に病状が急変する原因は?
幸せな低酸素症(happy hypoxia):新型コロナウイルスによる肺炎では、病変は進んで血中酸素飽和度が低下しているのに、呼吸困難などの自覚症状のないことがあり、症状の現れた頃には既に重症化しています。これを幸せな低酸素症と言いますが、早期発見するためには、感染が判明した時点でパルス・オキシメーターを装着して、血中酸素飽和度を常に計測することが必要です。
血管の炎症:全身の血管に炎症が発生し、血栓を生じたり免疫の暴走が起こったりして、全身の臓器に機能不全が起こると考えられています。これを防止するためには、早期より適切な薬物治療を行う必要がありますが、自宅療養では難しくなります。

7)出口の見えている戦いです。
 第4波まではワクチン接種も進んでおらず、果たしてこの感染拡大はどうなって行くのか、まったく出口が見えませんでした。でも第5波では、ワクチン接種の進んだ高齢者の感染も死亡も明らかに減っています。国の方針では、10月中に12歳以上の国民のうち接種希望者の8割に投与できるワクチンを供給するとのことです。それまで後2か月の辛抱です。とにかく今は、若い人達の感染が異常に多いことが、医療を逼迫しています。若年者の感染拡大を抑えること、そのためには、人流を減少させることが最も大切なのかも知れません。「若い人でも感染したら、重症化して死ぬこともあるし、たとえ治ったとしても後遺症に苦しむことが多い」、最近マスコミではこのような事例がよく紹介されていますが、さらに強力に訴えて、若者の意識を変えていくことが必要なのかも知れません。

 さて今月の花は、サフランモドキです。モドキとは漢字で「擬き」と書き、「似て非なるもの」の意味です。なぜこのような名前になったかと言いますと、 サフランモドキは、江戸末期に日本へ渡来しましたが、当時の人は、薬用のサフランと思ってサフランと名付けました。ところが明治に入って、本物の  サフランが知れ渡るようになりますと誤りであることが分かり、サフランモドキという名前になったそうです。でもほんとうの名前はあったはずで、その時なぜそれに戻さなかったのでしょうか?桃色の美しい花なのに、自分のほんとうの名前では呼んで貰えず、サフランモドキとは如何にも気の毒です。
 それで今回の副題は、「私のほんとうの名前を教えてください・・・その1」となりました。

サフランモドキ

夏水仙

 もう一つ気の毒な花があります。それは夏の終わりに桃色の「ゆり」のような美しい花を咲かせる夏水仙です。花は「ゆり」のような形なのに、なぜ水仙なのでしょうか。水仙の花とは似ても似つきません。なぜ水仙になったかと言いますと、葉が水仙の葉に似ているからだそうです。花ではなく葉を見て名前が付けられたのです。  足を見て名付けられたようなもので、「ゆり」のように美しい花は、「私の顔をよく見てください」と嘆いているようです。そこで次号では、これも不本意にネーミングされた夏水仙を取り上げ、「私のほんとうの名前を教えてく ださい・・・その2」とします。
 サフランモドキは、中央アメリカ原産のヒガンバナ科タマスダレ属の多年草で、秋の初め郊外の道端でしばしば見かける白い可憐な花、タマスダレ(玉すだれ)と同じ仲間です。  ヒガンバナ科タマスダレ属の植物の総称を、学名ではゼフィランサスと言い、サフランモドキはゼフィランサス・カリナタとなります。これがサフランモドキの正式名称であり、せめてこの名に因んだ名前を付けてやれば、サフランモドキも喜んだことだろうと思います。​

白く可憐に咲くタマスダレ

 サフランモドキは、地下に鱗茎と呼ばれる球根のようなものがあり、そこから花茎が1本伸びて先端に径6cmほどの比較的大きな花を1個咲かせます。花は、外花被片(萼に相当)、内花被片(花弁に相当)それぞれ3枚ずつの6枚からなり、鮮やかな桃色をしています。 目立つのは「おしべ」と「めしべ」です。「おしべ」は6本で黄色の細長い葯を持ち、葯は花糸に対してT字型に接続して可動性があります。真っ白な「めしべ」は一本で、柱頭は3裂ですが、4裂のものもあります。花は6月から7月頃に咲き、雨の降った後に開花することが多いので、英語ではレインリリー(Rain Lily)と呼ばれます。
                               サフランモドキ     (矢印は「めしべ」)     ハブランサス
  タマスダレもレインリリーと呼ばれますが、もう一つ、レインリリーと呼ばれる花があります。同じヒガンバナ科の仲間ですが、ハブランサス属のハブランサスです。中南米が原産の球根植物で、日本へは大正初期に渡来しました。このサフランモドキとハブランサス、同じ頃に咲き、花の形もよく似ていますので、しばしば混同されます。私もはじめ、ハブランサスの花をサフランモドキと思って写真を撮っていましたが、サフランモドキにしてはトレードマークの「おしべ」が小さく外から見え難いのです。「サフランモドキの亜型かな?」と思っていたのですが、種類が違っていました。ハブランサスの「おしべ」は、屈曲し花の中央の奥深くに潜んでいて見え難いのです。また「めしべ」も先端が反り返って外へ突出しておらず、サフランモドキのように目立ちません。
 花の咲き方にも違いがあります。サフランモドキは上向きに咲くのに対し、 ハブランサスでは横向きに咲くものが多いようです。もちろん冒頭の写真のように、うつむいて咲くサフランモドキもあり、一律には分けられませんが・・・。

上向きに咲くサフランモドキ

横向きに咲くハブランサス

折り重なる葉の隙間に開き始めたサフランモドキのつぼみ

背後から光を浴びると花の中央部が明るく輝き、「おしべ」が浮かび上がります。「めしべ」は4裂です。

サフランモドキの光と影


夕陽を浴びておぼろげ光るハブランサス


ハブランサスの群れて咲く木陰の夕暮れ


小川の堤に群れるハブランサスの花

 一方、本家本元のサフランは、アヤメ科の多年草でクロッカスの仲間です。スペイン、フランス、ギリシャ、トルコなど南ヨーロッパや西アジアが原産で、紀元前より香辛料や薬用として珍重されて来ました。日本へは江戸時代に伝来しましたが、明治中期になって国内でも栽培されるようになり、現在は大分県竹田市で国内の89割を生産しているそうです。
 下図をご覧ください。サフランの花の中央には黄色の「おしべ」があり、そこから深紅の紐のようなものがひょろひょろと3本伸びています。これが「めしべ」の柱頭で、サフランの「めしべ」は、花柱が3本の柱頭に分かれています。この柱頭を乾燥させて香辛料として使うのですが、1g集めるのに300個の花が必要とのことで、最も高価な香辛料と言われます。 ​

 右図をご覧ください。サフランの花の中央には黄色の「おしべ」があり、そこから深紅の紐のようなものがひょろひょろと3本伸びています。これが「めしべ」の柱頭で、サフランの「めしべ」は、花柱が3本の柱頭に分かれています。この柱頭を乾燥させて香辛料として使うのですが、1g集めるのに300個の花が必要とのことで、最も高価な香辛料と言われます。 

サフランの花

「めしべ」の構造

 実際に香辛料サフランを買って来て料理に挑戦しました。まずサフランライスです。炊飯器に米と水を入れ、ひとつまみのサフランを加えて20分ほど待ってからスイッチを入れます。するときれいな黄色のサフランライスが炊き上がりました。そのまま口へ入れてみましたが、今まで経験したことのない何とも言い難い不思議な味です。次いで昨夜作ったカレーをかけていただきました。濃厚なカレーの味の後で、爽やかで奥深い後味が残ります。白米には無いものです。カレーの味も引き立てられて美味しくなりました。これがサフランの妙味、隠し味でしょうか。一人でいるとよく分からないけれど、誰かと一緒だとその人を盛り立てながら自分の存在感も示す、そんな、どことなく好ましい人物のようです。

香辛料サフラン

サフランライス

 他にもブイヤベース、パエリア、ピラフなどに使うことができるそうですが、高価ですのでそう簡単に使うことはできません。しかし10日以上も続く長雨と大雨にうんざりする毎日、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などが発令されて、外食もままなりません。そんな憂鬱な暮らしの中、ささやかな贅沢をして気分転換するのも良いかも知れません。香辛料サフランはスーパーでも700円ぐらいで売っていますので、お試しになられては如何でしょうか。 

                                   8月22日                  

                桑名市総合医療センター理事長 竹田  寛 (文、写真)
                               竹田 恭子(イラスト)

 

                   

 

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