8月:月下美人
―葉から葉も出る、花も咲く、メキシコ娘の真夏の夜の夢―
今年の夏は、酷暑にコロナ禍でたいへんでしたが、如何お過ごしでしたでしょうか。猛暑の中、旅行や外食などの外出自粛により、悶々として家の中で過ごされた方も多かったのではないでしょうか。ほんとうに今までに経験したことのないような夏でした。6月末頃より始まった新型コロナウイルス感染拡大の第2波は、8月上旬にピークを迎え、以後徐々に鎮静化していきました。三重県では少し遅れて始まりましたが、三重大医学部の学生や鈴鹿市の病院などで大きなクラスターが発生し、新規感染者の数は急速に増加しました。県内にはコロナ患者さんの入院を受け入れる病院が20数施設ありますが、一時は病床数が足りなくなるのではないかと心配されたほどです。幸い9月中旬に入って状況は落ち着いています。
ところで今回の第2波ですが、第1波に比べ状況が少し違っているようです。一般的には、第2波では、若い人の感染が多いため無症状や軽症者が多く、死亡率も低いと云われています。私たち医療の現場にいる者からみても、確かにその傾向にあるように感じます。しかし、気になるのは高齢者です。70歳以上の高齢者でも、同じように重症者が少なく死亡率が低いのでしょうか?そこで厚生労働省のホームページで、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの会議の資料をもとに調べました。
まず感染者数全体に占める70歳以上の高齢者の割合です。8月24日の会議の資料では表1のようになっています。第2波の感染者数は第1波に比べ3倍近くになっていますが、70歳以上の高齢者は、1/3ほどに減っています。これは若い人の感染者が増えているということです。
表2 新型コロナウイルス感染症の第1波と第2波における調整致命率
(厚生労働省、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの会議の資料より引用)
それでは死亡率はどうなっているのでしょうか。表2をご覧ください。9月10日の会議で提出された資料に基づくもので、第1波と第2波で調整致命率を比較したものです。調整致命率とは、一定の定義に基づいて診断された症候群から追跡期間中に発生する死亡リスクを示す数字だそうです。これによりますと、第2波では第1波に比べ、全年齢、69歳以下、70歳以上、いずれの群においても調整致命率は著明に低下しており、70歳以上の高齢者でも1/3ほどに低下しています。これには検査体制の拡充などにより比較的健康な高齢者の感染例が見つかるようになったこと、治療法が進んだことなどによるものと思われます。
さて今月は、夜開いて朝萎む、天下の名花、月下美人です。英語ではA Queen of the Night(夜の女王)と云います。メキシコの熱帯雨林を原産地とするサボテン科クジャクサボテン属の常緑多肉植物です。多肉植物とは、肉厚の葉や茎、根に大量の水分を蓄えることで、乾燥地帯でも生育することのできる植物で、サボテンはその代表格です。
我が家には月下美人の鉢が一つありますが、その由来を紹介します。3年前の夏の日の夕方、これまでにも度々登場したことのある私の草花の師匠である婦人が、「今夜にも花が咲くから!!」と言って、月下美人の蕾が2個ついた枝(葉状茎)を持って来てくれました。ガラスの花瓶に生けて、その夜、必死に撮ったのが右の写真です。見事な月下美人の花です。ところで画面の左上、ガラスの花瓶の部分をよくみてください。 |
左の写真は、その部分を拡大したものですが、切り花ですから、透明の花瓶の中には葉状茎と木のような茎しか見えません。花後も水を入れ替えていましたところ、徐々に白い根がたくさん伸びて来ました。ちょうどヒヤシンスの水耕栽培のようです(写真を撮っておけば良かったのですが)。1か月ほどしますと花瓶の中には根がいっぱいになりましたので、土の鉢に植え替えました。 |
ちょうど生まれて初めてフルマラソンを走った時のようです。40歳の頃、日頃の運動不足を解消するためにジョギングを始めました。1日3kmぐらいをマイペースでのんびり走っていたのですが、ある年の初夏の頃、マラソンクラブに所属する友人たちとの呑み会で、酔っ払った勢いで、河口湖マラソンで走ると言ってしまったのです。子供の頃から運動神経は人一倍鈍く、小学校の運動会の徒競争でも、いつも6人中6位、たまに5位にでもなれば少し早くなったような気がして秘かに喜んでいた自分が、フルマラソンを走るなんて、とんでもないと思いました。しかし約束した以上、走らねばなりません。とにかくやるだけやってみようと決心し、ジョギングの距離を5kmに増やして毎日走りました。そうしたらどうしたことでしょう。その年の12月に開かれた河口湖マラソンで見事完走、タイムは4時間44分、制限の5時間以内に入り新聞に名前が載りました。これは私にとってほんとうに驚きでした。すっかり気を良くした私は、さらに練習を重ねて翌年も挑み、見事4時間30分のタイムで完走しました。この2回の経験は、私にとって大きな自信となりました。「どんな人でも、一生懸命努力すれば、ある程度のことまではできる」ということを教えられました。少し大げさかも知れませんが、私にとって月下美人の花を咲かすことは、その時以来の奇跡のように思えるのです。
さて月下美人に戻ります。月下美人は、木質の茎から肉厚の長い葉のような構造をした葉状茎が出て、そこから若葉や蕾が出ます。
葉状茎から出る蕾は、淡い緑色で表面がうす茶色ですが、中には真っ赤になるものがあります。私は 2個そのような蕾を見つけましたが、いずれもほどなく落ちてしまいました。
蕾の成長につれて、枝は初め垂れたまま長くなりますが、徐々に反り返って上向きます。その後再び水平方向に戻り、開花日を迎えます。蕾ができてから開花するまで10日前後です。
月下美人の花が咲いてから萎んでいくまでの経過です。夜の8時頃より開花し始め、深夜に満開となります。明け方3時を過ぎますと花は萎み始め、朝になりますと枝も垂れます。
したがって月下美人の花の写真を撮るには、夜の8時頃から明朝4時頃までの短い時間しかありません。今年3番目の花が咲いた時、気が付いたのは夜の11時過ぎでした。慌てて家の中へ運んで居間に置きました。とにかく美しく撮ってやろうと意気込んでいました。 ちょうど女優さんの写真を撮る写真家のようなものでしょうか。撮影角度、背景、室内灯の明暗などを様々に工夫し、赤や青っぽい懐中電灯の光をいろいろな方向から当てたりなどして、繰り返し撮影しました。何とか美しく撮ってやりたい、その一心でした。真正面から撮りたいと思いカメラを向けますが、頑固者のメキシコ娘は、うつむいたまま、なかなか顔を上げてくれません。仕方なしに私が床に寝そべったり仰向けになったりして撮影しました。そうこうするうちに、時間はどんどん過ぎて行きます。夜明けが迫っています。私は焦りながら夢中にシャッターを押し続けました。そして出来上がったのが下の写真です。苦労した割に出来栄えは良くなく、お恥ずかしいばかりですが・・・。空が白ばみ始め、花の萎んだ頃、私は汗だくになって疲れ果てました。シャワーを浴びてビールを呑みながら、しみじみ思いました。「やはり月下美人は天下の名花だ。たった1輪で、これだけ人を熱中させるのだから・・・」。まさに月下美人と真っ向から対峙した真夏の夜の夢でした。
白色光の懐中電灯で花の内部を覗き込んだものです。たくさん並んだ「おしべ」の黄色い葯がきれいに見えます。放射状に拡がった「めしべ」の柱頭が、蜘蛛の足のような怪しいシルエットを描きます。 |
「真夏の夜の夢」と云えば、メンデルスゾーンですね。シェイクスピアの戯曲「夏の夜の夢」を題材にした組曲で、その冒頭を飾る序曲は、メンデルスゾーンが17歳の時に作曲したものです。私たちは中学の音楽で習いましたが、その中に有名な「結婚行進曲」が含まれているのを知って驚きました。フェリックス・メンデルスゾーンは、1809年ドイツのハンブルクに富裕な銀行家の子息として生まれました。著名な哲学者を祖父に、作曲者を姉に持ち、幼い頃から音楽の英才教育を受けました。12歳の頃には交響曲を作曲するなど、「早熟の天才」「モーツアルト以来の神童」と称されました。一度見た楽譜や聞いた音楽は、完全に覚えたそうで、こんな逸話があります。引っ越しの時に「真夏の夜の夢」序曲の楽譜を紛失しましたが、記憶をたよりにほぼ完全に復元したそうです。語学にも堪能で、ドイツ語はもとよりラテン語、イタリア語、フランス語、英語を話したそうです。34歳の時にライプツィヒ音楽院を開校し院長となりますが、1847年38歳の若さで病死しました。幼少期に天才の名をほしいままにしたメンデルスゾーンですが、生涯を通しての作曲家としての評価は、「独創性がない」「革新性がない」など芳しくないものも少なくないようです。また彼がユダヤ系の出身であることも、あらぬ誹謗や中傷を投げかけられ、ことにナチス時代には全面的に否定されて彼の曲を演奏することも禁じられました。
代表作として「真夏の夜の夢」のほかに「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」、「交響曲第4番イタリア」、「フィンガルの洞窟」、ピアノ曲「無言歌集」、歌曲「歌の翼に」などがあります。
とくに「ヴァイオリン協奏曲」は有名で、これも中学校で習いましたが、その切ない哀調を帯びた主旋律を初めて耳にした時、「胸がキューンと痛くなるというのは、こういうことを言うのか」と思ったものでした。 |
さて再びコロナのお話です。9月も中旬になりますと朝夕は涼しくなり、ずいぶん過ごしやすくなりました。酷暑に痛めつけられた私たちの体にとって、とても有難いことです。と同時に心配されるのが、新型コロナ感染症と症状のよく似たインフルエンザや風邪の流行です。「風邪かな?」と思った時、誰でも新型コロナウイルス感染を心配されると思います。インフルエンザや風邪と、どのようにして区別したら良いのでしょうか。そこで症状の主な違いを表3にまとめました。
まずインフルエンザです。ウイルスに感染してから1~3日ぐらいで、急な高熱や悪寒、関節痛が起こりますが、症状の持続期間は短く3日前後です。一方、コロナウイルスでは、感染後5~6日で風邪症状(発熱、鼻づまり、喉の痛み、咳など)が現れ、1週間から10日ほど続きます。その後、症状が軽快する人と、肺炎などを併発して重症化する人に分かれます。また通常の風邪も、新型コロナウイルス感染と同じような症状を呈しますが、持続期間が3日前後と短いのが異なるところです。
すなわち急に発熱、悪寒、関節痛などを来したらインフルエンザ、とくに関節痛の強い場合には可能性が高いでしょう。一方、いわゆる風邪のような症状が、ずるずると1週間以上も続く場合には新型コロナウイルス感染、通常の風邪では1週間続くことはありません。 もちろん三者を明確に分けられるものではありませんが、一応の目安になると思われます。
そろそろインフルエンザの予防接種が始まりますが、必ずお受けください。とくに肺疾患や高血圧、糖尿、高脂血症などの合併症を有する高齢者では必須です。また新型コロナウイルス肺炎の二次感染を防止するためにも、肺炎球菌ワクチンを受けておかれることもお奨めします。「備えあれば憂いなし」、高齢者にとってはきわめて大切なことです。
令和2年9月
桑名市総合医療センター理事長 竹田 寛
恭子